run round in cicles


ねえ、好きなんでしょ。
 
 目眩を起こしたくなるほどの甘い香を視線に織り交ぜて、歌うように迫る少年は。
 触れる指に体温を奪われてしまいそうなのに、猫のように擦り寄る少年は嗚呼。
「こんなの、聞いてない。どうすりゃいいんだよ」
 天使の顔をした悪魔だ。

「ステラ、本当に好きなの?」
 女が浮気を問いただすように、不安げな瞳を向けてサンミウンは訊いた。
 その手には大量のドーナツの皿、机には御誂え向きな紅茶と果物も添えて。
 会話の内容さえ知らなければただの「午後の紅茶のお時間」だ。
「ドーナツのことか? ああ、好きだぜ」
 明らかな誤解、否、ドーナツを抱えたまま訊いたのだからそれは或る意味正解なのだろう。しかし、それでもサンミウンには落胆するに足る理由になった。
「鈍感……だなあ」
 そんな呟きなど聞こえないかのようにステラはサンミウンの腕の中で光るドーナツに手を伸ばした。
 しかし、ステラが掴んだのは空気だった。寸でのところでサンミウンが背を向け袋は影に隠れてしまったのだから。
「あげないよ、ステラはオレンジ食べてれば?」
 なんだよ、怒ってんのか? とまるで悪びれもせず首をかしげるステラにサンミウンは怒りを通り越して呆れた。
「怒る気すら起きないよ、ほらオレンジ」
 ずい、と舟形に切られたオレンジの盛り付けられた皿をステラの前に差し出す。しかし、ステラが手にしたのは先ほどまでサンミウンが抱えていたドーナツのうちのひとつ。それもあろうことか、クリームが他よりも倍以上に盛られていたものだった。
「なっ……! いつの間に!」
「伊達に『流星の韋駄天』を名乗っちゃいねえよ。隙を見せたミウンが悪いってことで!」
 いっただきまーす! と満面の笑みを浮かべ、ステラはたった三口で平らげた。ドーナツの残骸と、したり顔のステラを交互に見遣りながらサンミウンは更に落胆した。

「信じられない、むしろあり得ない、なんでよりによって……よりによって俺がいっちばん狙ってたやつを!!」
 語調が荒くなっていくサンミウンの背後から邪気に似た怒気がにじみ出る。ステラは謝罪しようと立ち上がる。しかし、既に腹に収まってしまったものは戻せないしサンミウンがすぐに自分を許してくれるとも限らない。
「ご、ごめん……オレが悪かった、なんなら買ってこようか」
「期間限定だったのに、あの行列の中やっと手に入れたのに、それを、それを!」
 明らかにステラのことなど視界から意識から遮断したようにサンミウンは呪詛を続ける。これは買う買わないで済む問題ではなく、それ以上にサンミウンのご機嫌取りが先決だ。
 しかし、悲しきかなこのステラ=ウィルフレイスという男、この手の状況を打破する策など持ち合わせていなかった。
「こんなの、オレ聞いてないよ。どうしようソフィア姉さん、ライラック兄さん」
 色恋沙汰に詳しい同居人夫婦に助けを求めたいところだが残念なことにこの部屋にはステラとサンミウンの二人しかいない。前述した夫婦のお膳立てだったのだから。
 あの夫婦でさえ、こんな場面は想像していなかっただろう。ステラは独力で悩んだ。その間にも、サンミウンの呪詛は続く。
「あのドーナツが白雪姫よろしく毒が入ってりゃよかったのによ」
 なんて聞こえてきた。ステラは今のサンミウンの顔を直視出来る自信はない。
 直視できない、かける言葉もない、出て行く勇気もない。八方塞、四面楚歌。
「どうするステラ=ウィルフレイス! この状況を打破できるのか! こうご期待――って違うだろ!!」
 一人漫才をしても空しいだけだ。そして、ご期待されるほど自分はよい身分ではない。
「待てよ、白雪姫……?」
 毒林檎を齧った白雪姫は、「王子様の接吻」で蘇るという。案ずるより産むが易し、背に腹は変えられない。
 ステラは決断した。一度だけ、一瞬だけ。そう暗示をかけながらサンミウンの背ににじり寄る。

 三、二、一。――ちゅう。

 サンミウンの肩を掴んで、正面を向かせたと同時に唇を重ねる。三秒にも満たない行為にステラは動悸を隠せずにいた。
 サンミウンの呪詛が、とまった。

「ごめん! オレこういうの慣れてないし、泣かれたら困るし、そんな大事なものだと思わなかったし……! 許してもらえないのはわかってるしそれに、それに――」
「許すよ」
 ステラは唖然とした。たった十秒前まで呪詛を吐き続けてきたサンミウンがあっさりと許すなんて。まるで損しか残らない感覚にステラは膝から崩れた。前のめりに倒れれば床に激突したのだが、その現象はサンミウンの胸にステラが収まる形で回避した。
「初めてじゃん、ステラからしてくれたの。俺ずっと待ってたんだよ?」
 サンミウンの表情から怒りは消え、逆にしたり顔がステラの視界に広がる。
 お互いの目が合う、その刹那の囁き。
「でも俺まだ怒ってるから、責任取ってよね」
 念押しのために右の耳を甘噛みする。二度も、三度も。

「そんなの、聞いてない!」
 熟れた林檎よろしく紅潮したステラの抗議は聞き入れられることは終になかった。





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Stera×Sunmiun



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