Darling sagt verlassen
「フランケンシュタインの逸話だって、元を辿れば恋愛小説なんです。だから、小生が誰かを好きになったって不自然じゃないんです」
羊羹を口に運びながら、さも今日の天気を話すようにエミッタは平然と語る。行き慣れた和菓子屋の縁側で長閑な空気に浸っていたムリフェンは隣に座るエミッタの台詞に目を丸くした。その隙をついて、エミッタはムリフェンの首筋に唇を落とす。
「んっ……くすぐっ、た……」
細い躰を捩りつつ口付けを受け入れるのは愛故だろうか。
「そういうとこ……可愛い」
見えないハートマークを散らしながらエミッタはムリフェンの背に横から腕を回す。
いくら周りに誰もいないとはいえ、大胆すぎやしないか。
「エミッタさ……ここ、外なんですけ、ど……」
「おや、お姫様はベッドの上をご所望で?」
「な……っ!」
エミッタの誘惑と取れる囁きにムリフェンの頬は一気に紅潮する。
「思い出しちゃいました?」
何を思い出したか、なんて野暮な問いはかけない。ムリフェンはこくんと首を縦に振った。エミッタはそれを見ると会心の笑みを浮かべる。駄洒落ではない。
「正直者には、ご褒美です」
ムリフェンの背中に回した手をするりと抜き取って、両頬に撫でるように当てる。死体特有の冷えた皮膚が火照った顔に心地良い。
斜め上に動かされた視界に、朱色が迫る。途端、唇に柔らかい感触と小豆の味が広がった。
腰砕けとは、こういうことだろうか。力は抜けるし、体は更に火照るし、全身が融けてしまいそう。
唇を重ねる間は、互いしか考えられない。そう教わったことを実感している。他が入る余地がないほどに、百パーセント相手のことで頭が融けそうになる。
「もっと……」
ムリフェンの腕が、エミッタの背に回される。気持ちいいことを知らせる合図だった。
「キスだけをご所望で?」
この先の展開など、火を見るより明らかだ。それなのに意地悪にも訊いてくるなんて。
「キスと、それよりも甘いものを……頂戴?」
「Darling sagt verlassen」
騎士が姫にするように、エミッタはムリフェンの手をとりその甲に唇を落とした。
「今、何て……?」
聞き慣れない独語にムリフェンは狼狽する。エミッタはムリフェンの耳元に唇を寄せて今の言葉の訳を囁いた。直後、ムリフェンは発火した。
「『仰せのままに、愛しい人』……とびきり甘いのをあげますよ」
なんて、言われたのだから。
(Emitter×Muliphen Lover memory)