「ほう、司書か。して何事か」
「その先に隠されてる史料――まあ、詳しくは言えないけどよ。それを回収しにきた」
茶化しているように聞こえるキッドの台詞とは裏腹に、右腕を後方に回し隙を見計らう。
「どきな、あんたらには関係ない話だろ」
「それは出来んな。弟子が奥に居る」
 ティタニアも剣を構える。その眼には何も映らないが確かにキッドの存在を感知している。
「そうかい、弟子ってあのガキだけじゃねえんだな」
「ああ、だがこいつも侮れんぞ」
 ティタニアの台詞を合図に、ルーカスがキッドの眼前に躍り出た。
「二対一、だなんて卑怯じゃねえのか?」
「女と少年を相手にして何を言うか」
 ティタニアの挑発ととれる台詞にキッドは苛立ちを示した。
「上等だ、やってやろうじゃねえか!」
 すぐに挑発に乗るのは、キッドの悪い癖である。そして、そのせいで周りが見えなくなるのも。
 
 ティタニアが剣を振るうと同時に、キッドが先ほどまで後方に置いた右手を空を裂くが如く薙いだ。その風圧は刃と化し、ティタニアのドレスの袖を引き裂く。
「師匠ッ!!」
 ルーカスがティタニアのほうを向き彼女の安否を知る。剣を持つべき左手から滲み出る血が若草の布を染めていく。
「おっと、余所見してる場合か?」
 声に気づく間もなくルーカスの背は倒木を穿ちながら盛大な破壊音を立て石壁へ叩き付けられる。
「が、は……ッ!」
 ちょうど鳩尾にキッドの回し蹴りを喰らったせいでルーカスの口から血反吐の混ざった咳が吐き出される。
「ルーカス!」
 ティタニアは音のした方を向く。崩れた瓦礫の中に同じく崩れる弟子の姿が其処に居た。かすかに聞こえる呼吸音は痛みを知らせる警鐘が如く。ティタニアはくるりとキッドの正面に向き直る。無論、ティタニアの視界にキッドは存在しない。
「悪いね、久々の喧嘩だから手加減すんの忘れてたぜ。死んでたらごめんな?」
 謝罪のようで謝罪でない口調にティタニアの怒りは沸点を超えた。その怒りは剣を介してキッドへと至る。
「すまんな、久々に怒ってしまった故に手加減はせぬぞ。死にたくなければ去れ」
 キッドの台詞に似せながら今の心境を伝えるティタニアから先ほどまでの余裕の笑顔が消えている。
 そして、身を低くするように屈んで下から見上げるようにキッドを睨み叫んだ。
「華厳斬技、『枝垂れ桜』!!」

 ティタニアが剣聖と呼ばれる所以は彼女の編み出した剣技の真髄、「華厳斬技」にあると言っても過言ではない。他言無用の剣技を全て知りえているものは彼女だけである。恐らく、神でさえも無知であろう。そんな大技を喰らったキッドは幸か不幸かさてどちら。
 下から上に払いあげるが如く刃が動く。それはキッドの鎖帷子を容易に裂いたが、肌を裂くに至らなかった。キッドの反射神経が勝ったのだ。しかし、安堵は出来ない。ティタニアは天井に背が届くのではないかという程に跳躍しくるりと剣の切っ先を標的めがけて矢の如く刺し貫かんと投げつけた。まるで機械のように正確な位置で投げられたものだから動くに動けないキッドはその刃を甘受するしかなかった。
「嘘、だろ……!?」
 悲しきかな、齢一八にして噛ませ犬にして刺殺という最期なのか。強く眼を引き結んだその時、鋭い無数の光が城跡の内外を問わずに覆った。
 数秒間の沈黙の中痛みはなく、不思議だと眼をカッ開けば刺さるべきキッドの胴も四肢もましてや首も頭も無傷であった。恐る恐る視点を上にずらせば、剣聖ティタニアはただ呆然としたように光を見詰めていた。
「なんだ、あの光は……!」

 ティタニアは光の先を凝視した。その先には少女の姿。白いワンピースを纏った彼女はティタニアに近寄りこう囁いた。
(アナタの宿星は「地慧星」ね)
「地慧星……?」
 信じられないと言わんばかりの表情を浮かべるティタニアに少女はただ微笑みを返すだけだった。カシャン、という剣が地面に落ちる音で覚醒したようにティタニアは辺りを「見回した」。「視界」に入ったのは恐る恐る見詰める敵の「姿」と気絶している「ように見える」弟子の「姿」。ティタニア=アレイン齢二四にして初めて世界を「視認」した。
(これはワタシからの贈り物。ううん、地慧星がアナタの目になってくれたのね)
 少女の言葉を裏付けるが如くティタニアの右目には「慧」一文字が刻み込まれていた。
 そう、暗闇でしかなかった彼女の世界に色が宿った瞬間だった。

   ***
 
「一体、何がどうなってるんだ?」
 カルヴァンは己の目を疑った。目の前には白いワンピースを纏った少女がいる。浮世離れした印象を受ける彼女は静かに口を開いた。
「出してくれて、ありがとう。封印を解いたのはアナタかしら?」
 少女の問いにカルヴァンは一度だけうなずいた。そう、と返した彼女の声は人に非ずして神に非ず。何とも不思議な印象であった。
「ワタシはライル。星を導く導師よ」
 少女――ライルは淡々と自己紹介をするがカルヴァンには欠片も理解できなかった。隣にいたエミールは突然出現したライルに対し警戒しているのか一言も発していない。
「何がなんだかサッパリわかんねぇよ、突然星とか導師とか言われてもまっったくだぜ」
 一刀両断、刀もないのにライルの自己紹介を遮った。
「無理もないわね、さっき見つけた剣士のお嬢さんもそういう反応をしていたわ。うん、最初からすべて知ってたり動じなかったら逆に恐ろしいけれど」
 ライルはクスクスと笑い声を発した。その様子が年相応の少女のように見えた。
「でもね、星はアナタ達を新たな宿主とみなしたみたい。見てごらんなさい、一文字の刺青がどこかにあるはずよ」
 カルヴァンは思わず両腕や脚やらを回すように見遣る。しかしカルヴァン自身あまり肌の露出をしていないので一目では分からなかった。
「教えてあげるわ、アナタの宿星は『天魁星』よ」

「天魁星……って、もしかして伝説の?」
 今まで黙りこくっていたエミールが口を開く。それをライルは聞き逃さなかった。
「ああ、この世界では作り話になっちゃったのね。お嬢さんはどこまで知っているのかしら?」
 明らかにお前も「お嬢さん」と呼ばれるに値するだろうというカルヴァンの疑問は心の中にしまっておいた。
「作り話、ってどういうことだよ」
 カルヴァンはもう一つの疑問をライルにぶつけた。ライルはカルヴァンの方に向き直り、真摯な眼差しを向ける。
「その話はあとにしたほうがよさそうだわ。今は下で待ってるアナタ達の仲間を助けないと」
「そうだ、ルーカス! 師匠も!!」
 カルヴァンは踵を返し、階段を駆け下りる。エミールとライルも後に続いた。




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