様々な出来事が起きては終わり、また起きては終わりを繰り返す。
 様々な奇譚は紡ぎ手を変えて繰り返す。
 まるで、世界が一直線につながるが如く。
 世界は知らない内に刻一刻と変化を繰り返す。


 イシューの城跡にて、二人の少年が対峙している。
「はああああっ!!」
「せいやあああっ!!」
 彼らの雄叫びと拳の打ち合う音が湖にいる鳥を驚かす。
 かれこれこの殴り合いは二、三時間は伊達に過ぎていない。しかし、少年二人は一度も「参った」という単語を発していないのだ。
 一方が左の肩を打ち付ければもう一方はすかさず右手でわき腹に手刀を叩き込む。
 間合いを取るために距離を取ったと見えればコンマ一秒の勢いで接近し肘打ちを鳩尾に食らわす。
「かは、っ……」
 肘打ちをもろに受けたのだろう、片方が膝をつき勝敗が決した。
「強くなったな、ルーカス」
「強くなったのはキミのほうさ、カルヴァン」
 ルーカスは膝についた土を両手で払う。その両手に巻かれている荒縄が食い込んで血がにじんでいた。先ほどまでの殴り合いの痕はそう生やさしいものではない。それでも笑顔でいられるルーカスは強靭な戦士となり得るだろう。
「さあって、師匠の所に戻んないとね」
 伸びをするルーカスの提案にカルヴァンは無言で頷いた。

 師匠、というのはカルヴァンとルーカスの育て親である女性ティタニア=アレインのことだ。
 イシュー湖のほとりにある粗末な草庵で暮らしているが武芸、特に剣に特化した戦士でもある彼女は何度も軍隊や護衛役に誘われたが断固として首を縦に振ったことはないという。
 彼女の武勇伝をルーカスの口から聞くたびにカルヴァンは敬意の念を持たざるを得なかった。

「ルーカス、あそこに誰かがいる」
 ティタニアの草庵に向かう途中に二人はある人影を発見した。見たところ、少女のようだ。黒と白の服に白いリボンによってまとめられた二つ結びの黒髪が特徴的だ。
 何かを探しているのか、草むらを掻き分けている手の動きに焦りが見える。
「あーもうっ! ない、ない、なあああいっっ!!」
 少女は頭を抱えて嘆いていた。
「何かをなくしたのかなあ。ここらへんって湖賊や山賊が出るっていうし、もしかしたら盗まれたのかも」
 ルーカスは顎に手を乗せて考えている。確かにルーカスの言うとおりここ最近では賊の被害が増えてきているから、その可能性は高い。
「聞いてみなきゃわかんねえだろ、行くぞ」
 カルヴァンが動いた。ルーカスは半ば呆れた表情を浮かべつつも後に続いた。
「まったく、キミは変わらないね」

「そこの、何を探してるんだ?」
「ひゃあっ!?」
 少女は草むらから跳ね上がるように立ち上がり、怪訝そうな眼差しをカルヴァンたちに向けた。
「俺たちはそこにある草庵に住んでいる者だ。俺はカルヴァン=リヴァイス」
「同じく、ルーカス。ルーカス=エルマーク」
「あ、よかったあ。あたしはエミール=フレディエッタっていうの」
 エミールはぺこりと頭を下げると今までの経緯を話し始めた。
 
 旅商人であるエミールはここに来た途中で両親からもらった羅針盤を無くしてしまったのだ。
 羅針盤は真鍮でつくられたもので手のひら大、仕込まれているナイフを出しておけば武器となりえるという。賊が喉から手が出ても欲しがる一品だ。
「よし、探そう。行くぞ二人とも!」
「まったく、お人よしなんだから」
「ありがとう、一人じゃ日が暮れるところだったもの」
 三人は手分けして草むらを掻き分ける。だが、真鍮の輝きは一向に見当たらない。

 一時間、二時間と時と疲労だけが重なっていく。
「これ、三人でも日が暮れるんじゃないの?」
 ルーカスは草むらから力なく手を振った。どうやら空振りのようだった。
「こんなとき、師匠がいたら一瞬で見つけるんだろうなあ」
「ほう、我を呼んだか」
 ルーカスは思わず振り向いたのちに、大げさにのけぞった。
 音もなく三人の元に姿を現したのは、薄緑の長髪と長い鍔の帽子、膝丈に切られたドレスから覗く白いタイツに包まれた足。そして、華奢な手に握られといる細剣の持ち主の彼女こそカルヴァンとルーカスの師、「剣聖」ティタニア=アレインだ。
「カルヴァン、ルーカス、何をやっている?」
 ティタニアは二人に訊いた。カルヴァンは一歩前に出てティタニアに説明する。
「実はこの娘――エミールの持ってる羅針盤がここらへんでなくなったらしい。それで今探しているんだ」
 ティタニアはエミールの方を向く。まるで睨むようだ。
「何でできている?」
「えっ?」
 エミールは思わず聞き返した。
「その羅針盤は、何でできているのかと訊いている」
「し、真鍮です……」
「そうか、離れていろ」
 エミールは半ば震えつつ答えた。ティタニアの威圧に耐えきれるのはせいぜい彼女の弟子ぐらいだ。
 ティタニアが得物の細剣を右手に構える。
「エミール、離れてないとバラバラになるよ」
 ルーカスがエミールの手を引いた。エミールが二、三歩後ずさる。 ティタニアの剣が一文字に空を裂いた。一瞬全ての動きが止まる。刹那、豪風が刃のように草を刈り取ってゆく。三人は息を飲んで彼女の剣技を見つめていた。
「これが、探していたものか」
ティタニアは刈られた草の間に手を入れて拾い上げた。エミールはそれを見て満面の笑みを浮かべた。
 全体は黄色のようだが、ところどころのふちが剥げていて灰色が見え隠れしていた。表面に描かれた東西南北の頭文字と中心に揺れるひし形の針は片方だけ朱色だ。この物を示す言葉はひとつだけ。
「それです、それが私の羅針盤です!!」
 エミールはティタニアから羅針盤を受け取ると愛おしそうに見つめていた。
「よかったな、エミール」
「さっすが師匠!」
 カルヴァンはエミールの肩を叩き、ルーカスはティタニアの元へ駆け寄る。
「そうね、万事解決!!」
 エミールはカルヴァンに向けて満面の笑みを浮かべた。その笑顔に思わず、カルヴァンは可愛いという思いを抱いた。

「あ、そういえば!」
 エミールは一度手を叩いて、ティタニアの元に寄って彼女の手を握った。
「あの、お名前を伺っても?」
「ティタニア=アレインだ」
「きれいな名前、妖精みたい」
 エミールははしゃぐように顔を綻ばせた。その姿を見て、平和だなあとカルヴァンは感じていた。


 その平和を脅かす存在が、刻一刻と近づいているのも知らずに。



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