「綺麗だろう?」
 透明の筒のなかで咲き誇る白薔薇を恍惚した表情でつうと撫でる。そんなテオリアの様子を黙したままユラヴィスは見つめていた。
「仰る通り」
 何年も使い、所々塗装が剥げかけた扉の蝶番が呻く。おいで、というテオリアの手招きに従い、ユラヴィスは従者としての距離を保ちながら近寄った。長い縹色の前髪がさらりと顔にかかる。それに覆われた左眼は見えぬが、片目だけ哂う様は一種の気色悪さを抱く。

「薔薇というものは、どれでも綺麗だね」
 ちらりとユラヴィスは薄く開けられた窓を見遣る。外は曇りで、ただでさえ鬱蒼な屋敷に拍車をかけるような空だ。視線を下に向ければ、整えられた見目麗しい花園に似合わぬ枯れた薔薇の花壇がひとつ。
 ユラヴィスはこの花壇の主人を知っていた。そして、彼がもうそれらを育てることがないということも。いっそ焼いて灰にしてしまえばいいと、目の前の主に嘆願したこともあった。育てることも棄てることもならぬと庭師に命じられて七年、ただ時間の流れだけをそれは示していた。
 はた、とユラヴィスは思い出す。嗚呼、あそこで育てていた花も白薔薇であった。あれのほうが今見ている筒の中の一輪よりも美しいと、テオリアの薔薇を見下した。
「白いのは、珍しいだろう?」
 にいやりと含み笑いを浮かべ、テオリアも花園を見下ろす。整った横顔は、肖像画として額縁に飾るに相応しい。不意にぞくりとユラヴィスの背中に悪寒が走った。
 ユラヴィスはもう一度、今度はまじまじと眼前の筒を見据えた。時間が止まったような錯覚、透明な筒に浮かぶ薔薇は、真空故に成せる業。

「これはね、あの花壇のなかで一番咲くのが遅かったんだ。最後の一輪、貴重だと思わない? だけど」
 生きた花には勝てないや。
 そんなことは知っている。とユラヴィスは静かに拳を握りしめた。あんたのそれは紛い物だ。気休めの玩具に過ぎないんだ。それを見せびらかして何になる。ははは。
 優雅な笑みをたたえ、そうだろう? と首を傾げる「肖像」から目を背けてしまえばこんなに楽なことはない。衝動のままに、嘲笑うように堂々と咲く造花を粉々に握り潰して自分が嘲笑いたい欲求。

「弟たちの育てた花は懐かしいだろう?」
 テオリアの放った一言が、ユラヴィスの躰を二重にも三重にも巻いた鎖でがんじがらめにした。
「仰る、と、おり、で、す」
 見えない鎖が首を絞める。途切れ途切れになる呼吸のなかで、上澄みだけを掬い取る。どろりとした感情は、見せてはならない。息を吸う音が五月蠅い、肺が上下する感覚がもどかしい。思わず後ろによろめく。嗚呼、気持ち悪い。
「君は、僕よりもあのこ達がいいの」
「仰る、とお、り、です」
 過呼吸で鸚鵡返しにしかならなかった返答を聞き、テオリアはまるで怪談に登場する口裂け女の如き笑みを浮かべた。
「へえ、そうなんだああ」
 ゴボリ、と気泡が吐き出される幻覚を最後にユラヴィスは静かに目を瞑った。



 
 
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