自鳴琴厨房事情裏側 *10/20 15:51
一個下と続いてます
なぜ肉料理に固有名詞を使わないのか
知られてはいけないからです
知ってしまったら足を踏み外したと同義です
「こんなに美味しいのにね!」
(第三者目線←敵側幹部さん、名前はノエル)
気がついたら、俺はよくありがちなカウンターに座っていた。
記憶を辿る。夜中に兄貴分らと女遊びをした帰りに、不思議な男を見た。
街灯に白い肌と蒼い髪が映え、端正な顔立ちが浮かび上がったと思った途端俺の視界が空を映し出していた。
「我が主のご慈悲に、感謝なさい」
男は台詞と被せるように俺の鳩尾に肘鉄を喰らわせた。
其処で、俺の記憶は今に至るまでぽっかりと開いたままだ。
「あ、起きたんだね」
ふと左を見れば慈母観音にも似た微笑みを浮かべる男がいた。手にはワイングラス、カウンターには摘みのソーセージが幾らか鉄板に載せられている。
「食べなよ、冷めないうちに」
とんだ幸運が舞い込んだものだ。俺はソーセージを口に入れる。肉汁が弾け飛んで俺の口内を焼かせる。何の肉かは知らないがそれが美味いことはガキでも解るだろう。
「あなた、酒はお好き?」
ワインの瓶を片手に隣に座ったそいつは聞いた。俺は首肯する。
注がれた酒は、血のように赤い。しかし不思議と酔わせる力は少ないようだ。
「しっかし……笑えねぇな。突然美人に絡まれて殺されかけたら美味い料理出されて生かされて、俺をどうしてぇんだか」
「生殺しにするんじゃないかな」
冗談のつもりで話しかけたらそいつから有り得ない返答。しかも笑いながら。
「生殺しか、拷問じゃあるまいし」
俺も笑い出す。こいつは馬鹿だ。
「拷問か、なかなか素晴らしい比喩をするんだねあなた」
ねえ、いいこと教えてあげる。
そいつはそれだけ告げてカウンターから降りた。そのまま厨房の裏に至る扉を開ける。その中には地下へ続く階段。
「何だよ、これ……こいつら何で!!」
俺の視界に広がったのは食材庫、しかしその食材は――。
「人を喰ってんのか、俺の仲間を、兄貴を、頭領を喰ってんのか!!」
晒された首、剥がれた皮膚、瓶詰めにされた内臓、肉、肉、肉。
「無節操に食べるほど僕は鬼畜じゃない。僕は罪人をさばいてるだけ、『捌いてるだけ』さ」
そしてあなたは僕を責められない。だって食べたじゃない。あなたの仲間も兄貴も頭領もみんなみんな美味しいって食べてたじゃない。吐き出さないでおくれよ? 後始末が大変だしあなたも同じ目に遭いたくないだろう?
俺は、目の前の世界が歪むのを、あいつの顔が歪むのを見つめながら崩れ落ちた。