色-賜-SS![]() ![]() ![]() ゆっくりと起き上がり、部屋を出る。 李句に見つかるとまたとやかく煩いだろうから、炊事場からなるべく遠ざかりながら書類をためてある部屋へ向かう。 が、しかしそれは徒労に終わった。 「絶対にここを通ると踏んでいましたよ!」 片手に何かを持ち、片手を腰にあてて廊下で仁王立ちする小さな影が。 しまった、彼女は夜目がきく。 こちらが発見した時にはもう逃げられない位置にいた。 「黒くて小さいと闇に同化しやすいな」 「嫌味を言う前にお戻りください。ぶり返したら今度こそ薬でぐちゃぐちゃの粥を食べていただきますからね!」 昼よりひどいとなると、それこそ秋刀魚の腸のようなものが出てきそうだ。 粥のとろみが苦さをいつまでも口に留める様を想像し、素直に踵を返すことにした。 「仕事がそんなに気になるなら後で口頭でお伝えしますよ。それよりこれ、飲んでください」 ぐい、と手に持っていた物を官兵衛の口元まで押し付けてきた。 何か液体が入っているらしく、中で星の光が反射してゆらゆら揺れている。 「何だ?…酒の匂いがする」 「卵酒です。風邪の時に滋養をつけるにはちょうどいいんですよ」 部屋に戻って、落ち着いてから飲んでください。 そう笑いながら言う李句は、つまり部屋に戻るまでちゃんと見張る気でいるのだろう。 「ここで貰う。わざわざ往復するのは面倒だろう」 「今日は大人しくしていてくださるのなら」 疑うような李句の視線を無視し、一気に飲む。 湯せんで温めたらしく生よりは飲みやすいが…正直、まだこのどろっとした食感には慣れない。 「…そんなに卵お嫌いですか?」 「慣れぬだけだ」 我々の時代…彼女いわく戦国時代に、卵を食べる習慣はない。 李句もさほど好んで食べるわけではないが、これがなければ大半の洋菓子が作れぬらしく半兵衛の周りでは今需要が増えている。 …あのあたりは甘党だらけだからな。 前へ ![]() |