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冬の陽射しは傾くのが早い。
午後の最後の授業、わたしの席にはもう日が当たらなくなってちょっと寒い。でも窓際の不二山くんの席はまだ日が差していて、背中がぽかぽか暖かそうだった。
制服の布の感じがわかるくらいじっと見ていた自分に気づいて、ちょっとびっくりする。
なんでこんなに不二山くんが気になるんだろう?
一人で可哀想だから助けてあげたい、とかいうのともちょっと違う。だって不二山くんは可哀想には全然見えない。
楽しそうというわけでもないけど、黙々と一人で取り組んでいる。その顔からは何も読み取れない。
何を考えているんだろう?
どうして一人であんなに頑張ってるんだろう?
その眼には何が見えてるんだろう?
私はそれが知りたいのかな?
「よーっし、今日はここまでー。次は…まで、ちゃんと予習しとけよー」
大迫先生の声で、はっと我に返る。
やだ、全然授業聞いてなかった。
がたがた皆が帰り支度を始めて、あわててわたしも机を片付ける。
ぱらぱら人が減ってきた教室の端で、不二山くんがうーんと伸びをするのが見えた。
周りには誰もいない。
「あ…」
いま。
いまなら、声かけられるかな。
もうしわしわになったポケットの中のビラを握り締めて、椅子から立ち上がる。
机の間を抜けて、ななめ前のあの席に向かう。あと、もうちょっと。
不二山くん、あのね、このビラ見たんだけど。
そう声をかけようと口を開きかけた瞬間、ぐいっと体が床に向かって引っ張られた。
「…え!?」
何が起こったのか、すぐに把握できない。
床に倒れたわたしの顔を、クラスメイトの女子が覗き込んでいる。
「だいじょぶ!? なに、引っかかったの!?」
「引っかかっ…た…の?かな?」
いてて、と起き上がってみると、スカートの裾が荷物掛けのでっぱりに引っかかっていた。
なぜこのタイミングで。ああ。
「…不二山くん、は…」
教室には姿がない。わたしが転んだことにも気づかず、もう出て行ってしまったようだった。
「…あーあ…」
「…鈍くせえにも程があるな…」
「小さいころから変わってないよね」
「うるさーい!たまたまだよ!」
帰り道、琥一くん琉夏くんと海岸沿いの道を歩きながら、わたしは頬を膨らませた。
「追いかけてみたらよかったじゃん」
「追いかけたよ。でももう影も形もなくて」
「12秒7じゃあなあ…」
「そのタイムもう言わなくていいから!忘れてよ!」
ちょっと前を歩いていた琉夏くんが、ひょいっと振り返って笑う。
「これはあれだ。神様が邪魔してるんだ」
「ひどいー!」
「まあなあ…カミサマってこたあないだろうがよ。ついてねえのは確かだな」
琥一くんまで可笑しそうな顔して。ひどいよ二人して。
「うー…」
「まあまあそんな唸らないで。…ほら競争だ、オマエのバス停まで」
「え?」
「おーし。行くぞ亀」
「えええ!待ってよ!」
笑いながら走り出した二人を、あわてて追いかける。全然余裕で走ってるのが憎たらしい。
時々振り返って、声を上げて二人が笑う。
…励ましてくれてるのかなあ。とてもそうは思えないんだけど。
「もー!」
冷たい海風に頬が痛い。二人のことを全速力で追いかけながら考える。
明日は声かけられるかな。
わたしの名前を伝えられるかな。