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春のころから、不二山くんが一人で柔道着を着てランニングしている姿は何度か見ていた。
でも特に気には留めてなくて。はば学に柔道部が無いことすら、そのころは知らなかった。
体育祭を過ぎたころから、不二山くんは校門前に立ってビラを配り始めた。毎日というわけじゃなかったから、わたしがそれに気づいた時には夏休み近くになっていた。
なんのビラなのかな?
何をお願いしてるんだろう?
「そんとき聞いてみたの?それなに、って」
琉夏くんがもごもごサンドイッチを飲み込む。
「ううん。見かけたときはわたしが急いでたりしてて聞けなかったんだ。その頃はそんなに気になったわけでもなかったし」
ずず、とパックの牛乳を飲みながら、なんとなく空を見上げる。晴れてるけど白っぽく、くすんだ感じの青空。
でも夏のころにはぱっきりと青くて、太陽の強い陽射しがこれでもかと降り注いでいて。
そんな真っ青の空を背景に、不二山くんはやっぱり一人で走っていた。
「夏休みが終わってね、秋になって、冬になって、すごく寒くなったでしょ?でも不二山くんはいつも外で走ったり、ビラ配りしたりしてるんだよね」
「部室とかあんだろ?」
「ないんだよ。一人だけの同好会だから。たまに体育館の端とかステージとか使わせてもらえるみたいだけど、いつもじゃないし」
寒いだろうなあ。
柔道って相手が居ないと、トレーニングも難しそうだよなあ。
なにかわたしでも手伝えるようなこと、ないかなあ。
そんなことを考え出したら、なんだか教室でも目で追うようになってしまった。左ななめ前の、窓際の席を。
そして気になって見始めたら、いろんなことがもっと気になるようになった。
お弁当は少なくとも2つは持ってきてることとか。
背筋がいつもぴっと伸びているとか(授業中は別だけど)。
意外と字がすごく綺麗だとか。
授業は全然真面目に聞いてないのに、掃除は誰よりもきっちり真面目にやることとか。
「ほぉー…」
ニヤニヤしている琥一くんに、ぷうっと頬を膨らませて見せる。
「また恋だとか何とかからかう気でしょ」
「いやぁ?んなことねーよ?…んで、いっつも何しゃべってんだよ?そいつと」
「しゃべったことないよ」
「…はあ?」
「…へっ?」
二人がきょとん、と目を丸くする。
「だから、しゃべったことないの。一度も」
「…マジか?」
「オマエってそんな、もじもじキャラだっけ?」
「何それ。…もじもじしてるとかじゃなくてさ…」
そう。わたしと不二山くんは。
なんだか妙にタイミングが合わないのだ。