山羊の寝床 | ナノ

 7

人間界に来て、はじめての夜が来た。

「すごかったなアレ、夕日っての。まさに血の海だったな」

「クナツ…初めての夕日に血の海とか!こうさあ、ルビーみたいだとか燃えるようだとかさあ!」

「何怒ってんだお前…!?」

「だってお前…さっきまで目をキラキラさせて海見てたと思ったら血の海とか…悪魔か!あ、悪魔だ!」

「クナツ、魔界に血の海はあるのか」

「それより宴しましょう宴ー!新しい仲間に乾杯だー!!」

「あっちもこっちもうるせえなあ…!!」

酒を飲んで大騒ぎするのが好きなのは、魔界もこっちも同じらしい。ただ、こっちの酒は水のように薄かった。匂いを嗅いでも酒だと分からなかったくらいだ。
こんなもんで酔えるのかと近くにいた奴に聞いてみたら、バカにしたようにふふんと笑いやがった。…信じてねえなこの野郎。

「むこうとこちらでは、酒はどう違う」

…分かってはいたけど、お前は疑う気ゼロかアホーキンス。

「比べもんにならねえくらいには違う。ああ、悪魔の酒は人間には毒だって聞いたこともあるな」

「その類の話はいくつか聞いたことがある。耐えて飲み干せば不老になる、浴びれば悪魔の力を一時的に得ることができる、後は…」

「あ!俺の生まれ故郷だと錬金術の材料の1つになるとか…」

「ああ?うちだと100年間眠り続けるって聞いたぞ」

あっちこっちで怪しい情報が飛び交う。なんだか真実味のあるものから、ばあちゃんに聞いた!という微妙なものまで様々だ。お前らどんだけ知ってんだ。情報交換すんのが楽しくて仕方ないって顔してんぞ。

「よーし、ちょっと情報まとめるぞー!東の海だと不老不死の薬説が強いな。西の方になるとー…」

「ちょっと待て、紙とペン持ってくる!」

どたどたと1か所に集まって、わあわあと謎会議が始まる。各自手元に酒(もちろん人間のな)を持っているが、ヒートアップしすぎてその存在は忘れられがちになっている。
ついでにおれのことも忘れてるだろお前ら。

「まあ静かで良いんだけどよ(もぐもぐ)」

おれが主役だったはずの歓迎の宴はもはや情報交換の場に成り果てて、手段のために目的を忘れたバカたちは勝手に騒いでいる。それでもやかましく、そして楽しそうだ。でもやっぱりやかましい。

「実際飲んでみて、どうだ」

自分の船員たちを黙って見ていたホーキンスがいきなり喋った。何のことだと無言で返すと、そこらじゅうに転がる酒を指さす。

「あー、味のする水だ。ジュース感覚…みたいな」

「興味深いな」

…じゃあもっと興味深そうな顔をしろ…!
無表情を崩さないホーキンスは、さっきコックのランスから受け取った皿から、魚を少しだけ口に運んでいる。

「……なんだ」

「いや…お前も飯食うんだな」

「食わなければ、人は死ぬ」

当たり前のことを言いながら魚を咀嚼するホーキンスは、もくもくと皿を空にする。なんだろうな、とても生命活動していると思えないのはなんでだ。命を燃やす!みたいなイメージが欠片も無いせいか。

「そりゃあな。何かしら食わなけりゃ悪魔だって死ぬ。例外もいるけどよ」

奴の皿の上の最後の一切れをかっさらってやった。こんな小さなかけらでさえおれの命になるって言うのに!って言うかやっぱランスの料理うめえ!!

「お前がその例外でなくて良かった」

「ああ?」

「おかげで、お前がものを食べる様がこうやって見られる」

「っけ、ジロジロ見んな金取んぞ(もぐもぐ)」

「いくらだ」

聞くな!!!!
チラッとこいつが視線をやった先は、まさか奥にあると聞いた宝物庫じゃないだろうな。冗談が通じないとかのレベルじゃねえぞ!やめろ懐探るな!!

「…排泄はどうなる」

「げほっ!飯食ってる時にする話じゃねえだろうがっ!?」

「消化は胃か?下半身は山羊のようだが体内は人のそれなのか」

「だああああうるせえ黙って食え!!生命活動しろ!!」

「……?常にしているが」

「見えねえんだよお前はっ!あいつら見てみろ、エネルギー有り余ってんだろうが!!」

びしぃ!と指さす先には、“悪魔の酒”について思う存分語り合ったらしい船員たち。…なんでそんな誇らしげな顔してんだ。まあそこは置いといて、もう『力いっぱい生きてます!』とばかりにツヤツヤしている。ごつい男共がそんなだとかなりムサいが言わないでおいてやろう。

「俺もあれに加わって語り合えば良かったのか」

「やめろあそこにお前が入ったらカオスだ。お前カオスの親玉みたいなもんなんだからよ!!」

ならどうしろと、と問うホーキンスは、ぱっと見は何の興味も無さそうに見える。それでもちゃんとおれの言葉を聞いてるんだから関心はあるらしい。どうせこいつ、どうでも良いと判断した話は絶対聞かないだろ。無視だろ。帰ろうとするだろ。

「まあ、お前があいつらみたいに活き活きしてんのなんて気持ち悪いけどよ」

「活き活き…」

「せめてその無表情をどうに、っが!!!」

肩をつかまれて引き寄せられて、その勢いのままホーキンスの腹あたりに顔をぶつける。腰にまいたフワフワのおかげで痛くは無かったが、またこいつはいきなり訳の分からんことを…!!!!

「はな、せ!コラ!アホ!アホーキンス!」

「俺は今、とても活き活きしている」

「はあ!?」

「とても、活き活きしている」

「2回言わんで良い!ってやめろ!ツノぐりぐりすんな!やめろ!!」

「す、すげえ…船長が活き活きした空気を醸し出している…!!」

「なんてこった…周りの空気が春色になるレベルだ…!!」

空気ばっかか!つまりホーキンス自体は何にも変化してねえんじゃねえか!!さてはお前ら酔ってるな!!はえーよ!!

「骨格の基礎は人間…どうやって山羊の下半身と繋がっているんだ」

「お前は素面で尻尾いじるなっ!!生命活動やめちまえ!!」


「酒は血 酒は海 酒は油 そして悪魔にも人にも毒の水」



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