山羊の寝床 | ナノ

 5

「あと…コックのランスに、航海士のハーメット…。んで、猫がフー!覚えたぞ!」

ついさっき、他に手立てが無いってことでホーキンスの元にいることを決意したおれ。
そうなるとこの船でしばらく(いつまでだかさっぱり分からないが)生きていくことになる訳で、ちょうど船員が全員甲板に出ていたから1人1人を覚えることに。

どいつもこいつも黒ローブだが、それを脱いでみればなんとも覚えやすい顔ばかり。でかい猫とかいるからな。人間界の猫のくせにあいつ普通に喋るんだぜ。

「忘れちゃったらまた誰かに聞いてくださいね、悪魔様。他のことでも分からないことがあれば…」

「…〜っ!それ、やめろ」

「はい?」

「ですとかますとか敬語ってやつ。今まで使われたことなんか無いから…その、なんだ気持ち悪いんだよ!あと悪魔様ってのもやめろ!」

そうなんだよな、むこうではおれは子供なわけだから、敬語なんて使われることは無かった。それがこっちに来てからこうも丁寧に話されると…こう…むず痒い!!気持ち悪い!!
この船の奴らはホーキンス以外はどいつもこいつもおれを異様に敬って、まあ悪い気はしないがかなり居心地が悪いってのが本音。普通にしゃべれ!普通に!

悪魔様ってのも、そんなもん種族で呼ばれてもよ。ここにいる全員「そこの人間」って呼ぶようなもんじゃねーか。

「い、良いんですか!?」

「おお。おれも敬語とか使わねえからな」

「おっしゃあああみんなああ!!これから悪魔様のことはクナツって呼ぶぞおおおお!!あ、敬語も無しなー!!」

「ちょっ、おいコラ!いきなり呼び捨てか!!ランクどんだけ下がってんだ!!」

「「「「クナツよろしくなーっ!!!!」」」」

「うるせー!!」

なんか一気に同じ立ち位置にまで引きずり降ろされたっぽいんだが!
ちなみにさっきまで話していた奴が戦闘員のスパ。頭から尻尾みたいに結った髪が何本も生えてるから、本当に尻尾かと思って引っぱったら笑われた。ややこしい髪形しやがってこのやろっ。

「まあまあ、そんなにカリカリすんなよクナツ」

「なあ、またあの黒い炎見せてくれよクナツ!」

「クナツは飯は何を食べるんだ?」

「適応はええなお前ら!あと触んなっつーのに!」

やんややんやと寄って来る奴らにちょっと押され気味で後ずさりしていると、後ろから両脇に手を入れられて抱え上げられた。
ぐりっとそっちを向くと、ホーキンスと目が合った。やっぱりお前かっ。

「見た目より少し軽いな。飛ぶためか、それとも単に肉が無いのか」

「肉ってお前…。とりあえず下ろせ」

「………」

「下ろさねえなら口利かねえぞコラ」

「………」

さすがにそれは嫌らしく、無言だがその場に下ろされた。て言うかおれも口利かねえって何だ。ガキか!いやまだ120歳のガキだけど!
でもこの文句はホーキンスにも有効、っと。今度また何かしてくるようならこれでいくか。

「…お前がここに留まるなら、俺たちはお前のことを知らなければならない。そしてその反対も然りだ」

「それは分かるけどよ。おれからだとどれから言って良いか分からねえし、そっちから聞いてくれ」

「そうか、なら」

「言っとくけど最低限こっちで生活するのに必要なことだけだからな?」

「……。まずはお前の力の供給方法を」

その間は何だ。聞くまでもねえけどよ!!
力の供給方法については、通常の召喚であれば、召喚されてすぐに悪魔と術者の間で供給方法が決められる。力と言っても多種多様で、精気や寿命・血液だったり、金銭や鉱石なんかの物だったりもする。処女に動物の血肉、日光、食料、酒、植物、粘膜接触…。

さて、おれの一族は何だろう?まだ先のことだと思って聞いたことも無かったからなあ…。

「一通り試してみるしかなさそうか。まずは船にある鉱石あたりを試してみろ」

「あ、じゃあニャーが取って来るニャー」

「じゃあ俺酒持ってきます!」

「植物と…薬草なんかも持ってくるか」

「血は…誰のを抜く?」

「「「はーいはーいはーい!!」」」

「なんでお前らそんなに楽しそうなんだよ…!?」

なんだその盛り上がりは…!?

それからしばらくは甲板に色んなものを持ち出して来て試してみたが、何と言うか…どれもしっくり来ない。血液や精気は誰のを試すかで、今もむこうで言い争っている。もう誰のでも良いから試させろや!
こころなしか少し体が重いような気までしてきたし、さっさとアタリを見付けないと…。

「お疲れだね。まあ食べな」

「お?えー…コックのランス!」

「正解。今日の昼の残りだが、腹に何か溜まってれば気分も良くなるもんさ」

「これ…シチューか?」

「なんだ、そっちにもシチューあるのか。意外だが話が早い。冷めないうちにどうぞ」

あったかい皿とスプーンを渡されて、どうしたものかとランスの顔を見ると、にこーっと笑ってこっちを見ている。…後ろから感じるもう1つの視線はどうせホーキンスだろうよ…。

誰が血液や精気の提供者になるかの言い争いもまだ終わりそうにないし、思い出したように腹の虫も小さく鳴いた。スプーンですくって匂いをかぐと……なんだ、これ。

すげえ、良い匂い…っ!!

「−っ!!」

「うおっ!?良い食いっぷり」

「うまっ!!?」

「えっ、馬!?」

「おま、これ…うまっ!!なんだこれ、お、おかわり!」

あっと言う間に空にした皿を差し出せば、尻尾がぴんっと立った。驚きながらも皿を受け取ったランスの手がおれの手に当たって、自分の身体が随分と冷えていたことが分かった。しかしその体温も元に戻って行くのが分かる。体の倦怠感も…楽になってる?

「船長…クナツの力の供給方法…分かりました」

「ああ」

「普通に飯ですわ、こりゃ」

「「「「えええええ血とか精気じゃねえのーっ!?」」」」

んなこと良いから、シチューおかわり!!


「悪魔と食卓を共にせよ。彼の舌を魅了するだけの腕があればの話だが」



あとがき

船員の名前は、タロットから取っていたり取っていなかったり。
航海士(ハーメット)→隠者(harmit)
コック(ランス)→節制(temperance)
猫(フー)→道化師(fool)

…みたいな感じですかね。しかしスパさんはスパさんで固定。スパゲッティをぶつけられたばっかりに…。
名前表記だけだと分かりにくいと思うんで、これからの文中では書き方を工夫しないとなあ…!
管理人:銘



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