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「おうちこわれちゃう?」
「おうちおふねになるの?」
「うみが、どーんって、どばーって」
「きっと大丈夫ですよ、アクア・ラグナは毎年来てるんでしょう?」
「でも、去年よりでっかいかもよ」
「とびらガタガタいってるね」
「やっぱりおうちこわれちゃう?」
大人たちがばたばたと荷物を片付けている間に、一部の子供たちは避難所の片隅で秘密基地を建設していた。
秘密基地と言っても、荷物を入れていた空箱や毛布を寄せ集めただけの空間に、なぜかハルアが中心となって子供たちの輪が出来ていた。
活発な子たちは走り回って大人から拳骨をもらっていたが、大人しい子や小さな子たちは、こうやってひとところに集まってヒソヒソ話に忙しいらしい。
「ハルア兄ちゃんはアクア・ラグナ見たことないんでしょ?」
「そうですねえ、ついさっき教えてもらったところです」
わらわらと膝元に寄って来る自分より小さな子供たちの頭を撫でながら、今はしっかりと閉じられた扉に目を向ける。頑丈な鉄扉は堅牢な守りに見えたが、時折強風に押されてごうんごうんと鳴いては子供たちを怯えさせていた。
大人たちは情報交換や寝床作りに忙しいらしく、構ってもらえない子供たちが向かったのは、自分たちより少しだけ年上のハルアの元だった。
ハルアも最初はブルーノの後について避難所内を行ったり来たりしていたが、あっちに行けば子供が1人増え、こっちに戻ればまた1人増え…の繰り返し。気付けば大所帯になってしまった子供たちを、大人しくしていろと邪険にする訳もなく。
「今晩はきっと海の運動会なんですよ。だからあんなにも元気なんじゃないですかね」
「うんどうかい?リレーやる?」
「玉入れも綱引きもしてるかもしれませんよ」
「うんどうかいよりえんそくがいいー」
「あ、そうですね。遠足かもしれないですねえ」
風の音に震えていた子供たちも、1人また1人と会話に加わって賑やかになっていく。それを見た大人たちが、うちの子もよろしく!とおいて行くものだから、ハルアの周りは既に幼稚園と化していた。
ハルアが傍にいた1人の頭を撫でれば、我も我もとこぞって近くに寄ろうとする。その人垣を踏んでしまわないようにと、大人たちは笑いながら避けて行った。
「そう言えば、フランキーさんたちも避難できたんでしょうか?」
アクア・ラグナの日は各ドッグが避難所になっているため、裏町の住人が分散される形で各所に収まっている。ハルアたちがいるのは本社近くにある、最も大きな避難所なのだが、周囲を見渡してもフランキーたちのあの目立つ姿は見当たらない。
「もしかしてまだフランキーハウスにいるんじゃ……」
「フランキーならちゃんと隠れてるから大丈夫だよ」
いきなりひょこっと背後から顔を覗かせた少女が、にひひ!と笑ってハルアの背中におぶさるようにしがみついた。
3つか4つ程の少女は頭に兎を乗せ「こっちは猫のゴンベだよ!」……猫のゴンベを乗せ、また楽しそうに笑った。
「あたしチムニー!
あいつは波に呑まれても死なないけどね、ってばーちゃんが言ってたの」
「そうなんですか…?おばあさんって…」
「あそこ!」
チムニーとゴンベが指さす方を見ると、酒瓶を片手にふらふらと歩く後ろ姿が。何人もの大人たちに「こんな日でも飲んでるなあココロばあさん!」と笑い飛ばされているので、フランキーのみならず街にも馴染みの顔らしい。
「どっかで飲み仲間捕まえるからって、寝るまでは好きにしてて良いって言われた!」
「にゃー!!」
「そうでしたか。ならここで一緒に…」
ごうんっ!!!
「「「「きゃあっ」」」」
「ふぎゅうっ」
夜が近付くにつれて強くなっていく風に、一際大きく扉が鳴くと、賑やかに「もうこわくなくなった」と笑っていた子供たちがいっせいにハルアにしがみつく。傍にいたチムニーはたいして怖がっていないようだったが、面白がるようにハルアの腰にしがみついた。その際にチムニーの頭に乗っていたゴンベによって見事な頭突きが決まり、ぐらりと体が後ろに傾く。
もはやしがみつくと言うより押し倒しにかかる勢いで、しかも大人数でとなると支えきれるはずもなく、あーれーと声を上げる暇もなく子供たちに押し潰された。
床に座っている状態から後ろに倒れることになったハルアが天井を見たのは一瞬で、すぐに誰のものかも分からない髪や手で視界がいっぱいになる。アクア・ラグナではなく子供たちの波に溺れていると、誰かが自分の名前を呼ぶのが聞こえた。そして聞き慣れた鳩の鳴き声も一緒に。
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