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「おーい***−、こっちだこっちー!」

今日も平和なW7の正午。
昨日や一昨日と変わらず、時間に合わせて***は二人分の昼食を包んだ風呂敷を抱えて現れた。
その姿にパウリーが手を振って声を掛けると、まるで主人を見付けた犬のように嬉しそうに駆け寄って来た。ちょうどそのシーンを2階の窓から見ていたアイスバーグが「やっぱ飼いたい」などと笑顔でのたまったのは、また別の話。

「クルッポー、今日もすまない」

「いえいえ、皆さんも今日もお疲れ様です!あ、どうぞルッチさん。パウリーさんもお茶はいかがですか?」

「お、飲む飲む。……ところでなんでカクはさっきから黙ってんだ?」

何気ないパウリーの言葉に、にこにこ笑いながら水筒を開けていた***の手が止まる。
そのことはルッチもハットリも気になっていたことだったが、いつもは何かとやかましいカクが、今日は何故か黙って木材の山に腰かけたまま。
その視線はじっと***に向けられているが、キャップと襟の高い上着のせいで表情は分かり辛い。

なんだこいつ、と訝しげな視線を送っていたパウリーだったが、ちらりと一瞬だけ見えた口元は明らかに笑っていた。
それも、至極楽しげに。

「***、まだワシの名前は呼んでおらんのう?」

「あ、あう……!」

「あーあー、こりゃあ呼んでもらえるまで飯もおあずけじゃのう…。
ところでルッチ、今ワシを蹴ってこの木材が崩れて***に当たりでもしたらどうするんじゃ?」

「……っち」

さりげなーくカクの背後に回って片足を持ち上げていたルッチだったが、いつになくずっぱりと切り捨てられて、舌打ち一つでしぶしぶ足を下ろす。
それを気配だけで確認しつつ、長い指を組んでその上に顎を乗せ、ん?と首を傾げて見せるのはもちろんカク。
その前でカクの分のランチボックスを持ったままの***は、金魚のように口をパクパクさせてはあっちを見たりこっちを見たり。

「なんだかよく分からねえけど、とりあえず今日のカクが気持ち悪いことは分かった」

「パウリー、それは喧嘩を売っとるな?」

「***、良い機会だっポー。金槌を貸してやるから一度殴っておけ」

「こらこら本当に貸すなバカもん」

「あの、えっと、むむむ…」

言葉の通りに金槌を差し出すルッチに苦笑を返しつつ、悩むように少しだけ動いた***の足が音を立てる。その足を一歩カクの方に踏み出したかと思うと、金魚のようだった口がやっと落ち着いた。

「ほれ***、呼んでくれ」

組んでいた指を解いて、手が届くまでの距離に歩み寄って来た***の顎を軽くくすぐって、うながす様にまた首を傾げて見せる。
その動作にうっと言葉を詰まらせた***は、ぽぽっと頬を染めてランチボックスを抱え直した。

「ど…どうぞ、カクお兄ちゃん」

「おお、お疲れさん***」

「「!!!?」」

「む、むむむ…!やっぱり慣れないです…お、お兄ちゃんって…」

「ワシとしては呼び捨てでも良かったんじゃがな!」

わはははは!と豪快に笑った後、よく言えたのう?と満足した顔で黒髪を撫でまわすカクに、強烈に突き刺さる視線が二つほど。
ただその視線の種類は違ったもので、片や殺意、片やドン引き。
どちらが誰のものかは、あえて説明を省いておく。

そんな体に穴を開けんばかりに突き刺さる視線を華麗にスルーしつつ、よっこいせ!と***を膝に座らせてランチボックスを開くカク。
この空気の中で、平然と昼食をとろうとする彼には相変わらず視線を突き刺さりっ放しだったが、それに耐え切れなくなったのは***の方だった。

「あの!実は今朝、出勤途中のカクさんを寝惚けて近所のおじさんに間違えてしまいまして!」

「……カク、お前んちから1番ドッグって、***に会うような道なんて通らないよな」

「それで何かお詫びを!って言って聞かんから、じゃあ今日一日で良いから呼び方を変えてみてくれと言っただけじゃ」

「おい無視か。って言うか、どうせいじける演技でもしたんだろてめえは!」

「…………」

「おい無言のルッチ!あわよくば俺もとか考えてたらぶん殴るからな!?」

「……そんなこと考えるっかっポー」

「その間が全てを物語ってんだよおおおおお」

怒涛のツッコミに息を切らせながらも、きっとカクの方に向き直るパウリーの勇敢な姿に、その場を通りかかった誰もが「お疲れ様です…」とひっそりと心の中で手を合わせた。
言うまでも無くパウリーのツッコミに手を貸そうなどという猛者はおらず、「まあ最後は***が良い感じにまとめてくれるだろう」と無責任な結論を出していた。まあ彼らに責任は最初から無いのだが。


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