秋の夜長の-1 [ 49/50 ]
さて、さて。あの子は何処?
蒸し暑さの去らない秋。
俺が英語教員を務める海原学園、高等部の見慣れた校門はド派手なゲートで飾られ、老若男女さまざまな人ヒトひとの波。
ポケットに手を入れて、わざわざ「ビラはいらん」と意思表示しているのに、客呼びに必死の学生からビラを何度も突きつけられるが、無言で一睨みすれば青い顔で逃げて行った。
海原学園は初・中・高等部からなり、この3つの棟が広大過ぎる敷地内で寄り添うように建っている。しかし俺が務めるのはあくまで高等部であり、つい最近まで他の初・中等部には縁が無かった。…そう、“つい最近”までは。
「おお、ルッチ!わしのクラスの汁粉買って行かんか」
「カクか。そんなことより…」
「ん?あの子ならしばらく前に……ああ。教員のくせに毎年学園祭に顔を出さんおぬしが来とるのはそれでか…」
途端に胡散臭い笑顔で、汁粉1杯200円じゃ!と手を出してくるカクに、舌打ちを隠さずに小銭を投げる。
「毎度あり。あの子なら10分程前に寄ってくれて、その後は東棟の方へ行ってみると言っておったぞ」
東棟。となると行きそうなのは麦わらたちのクラスの喫茶店だろうか。
今買ったばかりの湯気の立つ汁粉を、偶然通りかかった女生徒に譲った。「ル、ルッチ先生…!」と赤い顔で慌てていたのでおそらく自分が教えるどこかのクラスの生徒だろうが、特に興味も持たずに東棟の方に目をやる。
赤犬を筆頭とした厳しい教員がいるにも関わらず、訳の分からない謎の部活や同好会が多いせいで、怪しい店や展示物も少なくないと聞く。間違ってハルアが入ってしまっては危ない。
さあ、一刻も早くあの子の元へ。
「そうじゃ!そう言えば、やたら大きなヤガラのぬいぐるみを背負っておったのう」
……何故?
+++++++
「むむむ!に、賑やかです!!」
右手にはさっきカクさんのお店で買ったお汁粉を、左手には保健医のチョッパー先生のお店で買った綿あめを。そして背中には、わなげの商品でいただいた、大きな大きなヤガラブルさんのぬいぐるみを紐でしばって背負っています。
両手に甘味、背中はぬいぐるみに守られ、首にはブルーノさんにいただいたお財布がぶら下がっています。
なんだかとっても力強い気分でずんずんと見慣れない高等部の廊下を歩きます。ずんずん!ずんずん!!
それにしても人が多いですねえ。有名な学校だとは聞いていましたが、学園祭とは言え、ここまで人が集まるとは!
1ヶ月程前に、いわゆる孤児と言うものになったぼくを、この学園に勤めているクザンさん経由でブルーノさんにひきとっていただき、ここの初等部に通うことになりました。
新しい街に家に学校。そして人。
目の回るようなの変化でしたが、ブルーノさんはとても優しい方ですし、学園でもすぐに友達がたくさんできました。それに、縁あって高等部の先生とも親しくこともできました。
初等部の生徒のぼくにも、それはそれは良くしてくださる、とても優しくて素敵な先生なのですよ!
ああ、そう言えばあの人もどこかでお店を出していたりするんでしょうか?
もしそうなら、ぜひ挨拶をしたいのですが。
いつも(なぜか初等部の棟内でも)頻繁にお会いするので、きっと今日もどこかで会えるでしょう。
色々と楽しいことを考えていたせいか、気付けばもう東棟のはしっこです。
ここまで来るともうお店も無く…と思ったら、ひっそりと隠れるようにして看板が置いてありました。見逃す所でした!
「ひ…ひとつなぎの大秘宝博覧会…?」
まだ漢字ドリルで習っていない字がありましたが、なんとか読めました。
大秘宝!ルフィさんが聞いたらそれはもう喜びそうな言葉です。さっき喫茶店でナミさんに叱られながら仕事をしていたので、後で教えてあげましょうか。
しかしその前に、まずはぼくが行ってみましょうそうしましょう!!
「ヨホホホ!お客様1名ごあんなー…いできませんダメです!!」
「ええええっ!?ダメですか!?」
「申し訳ありません、ここは何と言いますか、子供には毒と言いますか男の楽園と言いますか…」
「???」
「おいどうしたブルック。風紀委員のクソ野郎どもでも来やがったか?」
「ああ良い所にサンジさん!実はそのぅ」
ひょっこり顔を出したのはサンジさんでした。
さっきルフィさんたちの喫茶店にいなかったのはこちらにいたからなんですね。ということは、ここはどこかの部のお店なのでしょうか?いえ、博覧会なら展示になるのでしょうか。
「って何だよお前かおいおい!悪いけどここは…あー、年齢制限があってな」
年齢制限!
それでは初等部のぼくが入れない訳です。すいませんでしたと頭を下げると、ブルックさんとサンジさんは何だかもの凄く落ち込んだ様子でした。
それとここのことはなるべく口外しないことを約束して、謎に包まれた「ひとつなぎの大秘宝博覧会」を後にしました。むむむ…ぼくも数年後には入れるようになるのでしょうか…!
「お、やっぱり来てたな。1人か?」
少し歩くと、高等部で男子の体育教員をしているパウリーさんに会えました。
背中のぬいぐるみを褒めていただけたのでニコニコしていると、パウリーさんは何やらきょろきょろと周りを見渡しながら怒っているようです。
「それがな、学園祭に乗じてバカどもがハレンチまみれな展示会をしてるってタレこみがあってな。ったく、お前みてえな子供もわんさか来てるってのに…」
は、はれんち!
それはいけません。高等部ともなるとそういうことに興味もわくものなんでしょうが、間違って女性でも入ってしまってはとんでもないことです。きっとひっそりこっそりやっているのでしょうが、そういうことは周りにばれないようにやるのがマナーだと、以前にカクさんが言っていましたよ!
「他にも魔術研究会の呪い教室やら科学部の解剖展覧会やら……。意味分かんねえのが多いから気ぃ付けろよ」
「分かりました。パウリーさんはこの後も見回りですか?」
「おお。それが無けりゃ一緒に回りてえんだが…。そうだ、あいつはどうした?教員のくせに学園祭には来ねえ奴だが、今年は絶対来てると思ったんだが」
そうなのです。
さっきから気にして周りを見るようにしているのですが、なかなか見付けることが出来ません。事前に約束をしていた訳ではありませんが、きっと来れば会えるものだと思っていたのですが。
ああ、どこにいらっしゃるんでしょう。
すっかり冷めてしまったお汁粉をすすりましたが、少しだけ体が冷えてしまっただけでした。
+++++++
どこだ!どこだ!どこだ!!
行けども行けども、目撃証言が残るばかりで肝心のあの小さな可愛らしい姿が見えない。
保健医の店で綿あめを買ったり、麦わらたちの喫茶店でゆっくりしたり映像部の作品を観たり。各所で「いやあ可愛いお客さんだった」とほのぼのと言われるので、そんなことは分かっているバカヤロウとイライラさせられた。俺が聞きたいのはあの子の現在地なのだ。
途中で「ひとつなぎの大秘宝博覧会」などという、名前だけは立派だが中身はエロ本やら何やらを寄せ集めただけのふざけた場所もあった。展示物を確認してすぐに出て来たが、後でパウリーの奴に連絡しておこう。あんな汚れた物をあの子が目にしてしまったらどうしてくれる。
客寄せのビラがべたべたと貼られた壁を見ると、スパンダム長官(長官と言っても教員の1人だ)が、ペットのファンクフリードの作り物を展示しているらしい。昨日「絶対来いよ!」と言われたような気もするが、悪いが象の尻なんぞに用は無い。
そんなことより、と早速パウリーに連絡を入れると、なんとあいつもさっきあの子と会ったらしい。その後の行方は知らないようなので、舌打ちをして通話を終了。
ああふざけている!!
あの子の小さな体を抱きしめるだけで、ぎゃあぎゃあと文句を言う奴が山ほどいるこの世の中なんて、実にふざけている!!
俺はただ、あの子を一目見た時からたまらなく愛おしく思っているだけだと言うのに!!
[*prev] [next#]