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…頭がボーっとして、体中があっちい…。
あ、でもその割に額がひんやりしてんなあ。
「う…あー…?」
「目が覚めましたか?」
今気が付いたが、どうやら俺は今の今まで寝ていたらしい。
あれ?今日はたしか俺はガレーラは休みで、目当てのレースがあった…よう、な?
「い、今何時だ!?」
「ダメですパウリーさん!あ、あー…」
今日こそ贔屓にしている奴が勝つはずなんだ!それが当たれば、一気に借金の半分近くが返せるはずなんだよ!!
目当てのそのレースはたしか午前中からだったはずだが、時計に目をやる前に、ぐるんと視界は回って床にこんにちは。
「い…って!なんだこれ頭がガンガンしてんぞ」
「落ち着いてくださいパウリーさん、微熱とはいえ立派な風邪です」
「風邪?」
ふんっ!とハルアに肩を借りて(意外と力あるなこいつ)ベッドに戻ると、寝ててくださいよ!と少しだけ怒ったように指さされてしまった。
痛む頭をさすりつつ、言われた通りに横になると、ベッドに体が沈んでいくような不快感。更に思い出したかのように寒気が来たかと思うと派手にくしゃみも1つ。
そのくせ体は熱いもんだから、うーうー唸って布団をかぶったりぬいだりを無意味にくり返す。
「覚えてます?明日のレースは大勝ちするんだ!って昨日おっしゃってたの」
「それは覚えてる…その後に、お前のとこで大盤振る舞いするって言ったのも」
「お使いの途中でレース場の近くを通ったら、出て来たおじさんが『パウリーの奴来てなかったな』って……」
「お前、それでうちまで来たのか!?」
「そしたら鍵は開いているのに返事は無いしで…。あ、勝手に入ってしまってごめんなさいパウリーさん」
「いやそれは良いんだけどよお…」
床にかがんで何か拾ったハルアの手元を見ると、どうやら即席で作ったらしい氷のうとタオル。たぶんさっき立ち上がった時に落ちたものだろうが、ほぼ間違いなくハルアがこしらえたものだろう。
しかし自分が風邪なんてひくとは。ガキの頃に一度、初めて海列車に乗る前日に熱を出して大騒ぎした記憶が最初で最後の経験だったはずだったが。
ちらりとやっと時計を見ると、昼を少し過ぎた頃。レースはとっくに終わってしまっている。
あいつらの弁当は?と聞くと、午前中にここに来て俺を発見して叫んでから看病。それから一度店に戻って昼食を運んで、その帰りの足でまたこっちに来たらしい。
ハルアのことだから、あのバカ二人に弁当を渡したらすぐに引き返して来たんだろう。
そうすると二人が困惑したり八つ当たりしたりすねたりするのは想像に容易い。周りの奴ら大丈夫か…?
「ちゃんとお布団かぶらないとダメですよ」
「あっちーんだよこれ」
「風邪はたくさん汗をかいてたくさん寝るに限るんです。はい、失礼しますよー」
身を乗り出して氷のうとタオルを乗せるハルアを眺めて、ひんやりと程良く感じる冷たさに、無意味にうあー…と唸ってみる。
いつもは子供体温というやつなのか温かいハルアの手が、氷のうに入れた氷水を触っていたせいかひどく冷たかった。
氷のうも心地良いが、間に挟まれたタオルのせいで少し物足りない。そうなると余計にハルアの手が冷たく感じるわけで、だるい腕を伸ばしてその手を取った。
「あーつめてー…」
「パウリーさん、手もあっちっちですねえ」
「ぶはっ、あっちっちって!」
あれ、言いませんか?と不思議そうにするハルアの頭を撫でまわして、聞いたことねーよ!と笑うと頬を膨らまされた。(お、貴重)
つついて空気を抜いてやろうと指を出すと背を向けられてしまい、当然指はすかっとからぶり。つまんねえ。
ぱたぱたとキッチンの方へ駆けて行く背を見て気付いたが、ハルアがしているエプロンはいつもの黒いものではない。(あれはルッチからのプレゼントって噂はマジだろうか?)
たしかあれは、船大工になったのを機に一人暮らしを始めた年の誕生日に、母ちゃんが何故か手作りで送ってよこしたエプロンだ。……まあ自炊はしてもエプロンなんてものは使わず、結局昨日までずっと壁にかけられたままだった代物なのだが。
しかし、あれを使わなかったのはもう一つ理由があったりする。
「パウリーさん、おかゆなんですけど食べられそうですか?」
一人暮らしでは何かと重宝する一人用の土鍋を持って戻って来たハルアの胸、正確にはエプロンの胸あたりには、やけに角ばった書体で「PAULY」と。
………誰が自分の名前の刺繍が入ったエプロンなんかするかああああああっ
ばしっいいいん!と当時借りたばかりだったこの部屋の床に叩き付けたのは仕方のないことだった。それでも捨てたり仕舞いこまずに壁にかけて(放置とも言う)あっただけ親孝行と考えておこう。
腹は程々に減っていたので、ありがたくいただこうとうなずいたが、どうしても視線がエプロンに行ってしまう。
真っ青な素地に山吹の糸で刺繍された自分の名前が、ハルアがつけると、何と言うか。
何と、言うか。
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