カリファ [ 25/50 ]

気が付くと、カリファは見知らぬ地にぽつんと立っていた。
ぎょっとして身構えたが、そこで彼女はこれは夢だと気が付いた。
ベタな手段だが、頬をつねってみると、思った通り何も感じない。

周囲を見渡すと、そこはどうやら小さな喫茶店のようだった。
いくつかのテーブルとカウンター席があり、彼女の同僚の男の酒場に似ていなくもない。
店内には自分以外の客はいないようで、店の奥で誰かが洗い物をする水の音だけが聞こえてくる。

カリファはカウンター席の1つに腰かけ、改めて自分の夢を検証し始めた。
窓の外は快晴で、小さく波の音がする。
その穏やかな空間を壊すものは無く、ただひたすらに平和な時間だった。

たしかベッドに横になる前は、いつものようにアイスバーグの突発的なワガママに対応しながら1日を過ごし、帰宅してシャワーを浴びて書類をまとめて寝たはず。
忙しくも任務の終わりが見えない日常に、もしかしたら無意識に疲れていたのかもしれない。
だからこんな平和な夢を見るんだわ。
カリファはそう自己完結して、綺麗に磨かれたカウンターを指ではじいた。

「お姉さん、こんにちは」

「…!あらこんにちは」

完全に自分一人だと思い込んでいたので、背後から聞こえた声にカリファは不覚にも反応が遅れた。
メガネをかけ直して振り返ると、そこには小さな小さな子供が立っていた。

「ご注文はもうお決まりですか?」

その子供が笑って聞くので、カリファはカウンターにあったメニューを横目で即座に確認してコーヒーを頼んだ。
ずっと自分は淹れる側だったので、夢の中とはいえ誰かに淹れてもらうのは久しぶりのことだった。
店内にはアップルティーらしき甘い林檎の香りが漂っていたが、そこに少しだけ紛れた豆の匂いは優しく香ばしいもの。
さあ夢の中のマスターは自分を満足させてくれるのか。

「さあ一緒にいくぞー、せーの」

「「良い子良い子―!」」

奥から聞こえてきた声に、カリファは一瞬何かを思い出しそうになった。
全く聞き覚えの無い男の声は、きっとここのマスターのものだろう。
もう片方の幼い声は、さっき注文を取りに来た子供のものだった。
何が良い子良い子なのかはよく分からないが、それ以上に、自分が何を思い出しそうになったのかが分からない。

「お待たせしました」

「ありがとう…良い香りね」

「パパのコーヒーは評判が良いんです。ぼくも修行中なんですよ」

盆で口を隠して笑う子供は、見たところ7・8歳といったところか。
真っ黒の短髪に、くりくりと見上げてくるダークブラウンの瞳が、不思議ととても心地良かった。
なんとなく見覚えがあるような無いような。
そんな曖昧な感覚を追い払ってカップに口をつけた。

「…美味しいわ」

「ありがとうございます!パパは昔料理人だったんで、お料理もとっても美味しいんです!あ、ママもおんなじ料理人だったんですよ」

「そうなの。なら今度来た時は御馳走になろうかしら?」

子供があまりにも嬉しそうに言うので、夢だと分かっていながら“今度”などと口にした。
それはひどく無責任な約束だったが、それでも目の前の子供はいっそう嬉しそうにへにゃりと笑ってみせた。

「私はカリファ。あなたは?」

「ぼくは」

子供が口を動かしたが、声が聞こえない。
なあに?と聞き返そうとカリファが口を開いた瞬間、開いたのは彼女の両目だった。


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