シンデレラ-1 [ 19/50 ]
ある海に、“水の都”と呼ばれる美しい島が浮かんでおり、その島の酒場にハルアという働き者の少年が住んでいました。
少年は10歳にして両親を亡くした孤児で、酒場の店主に引き取られてからは、辛い仕打ちに耐えながらの涙々の毎日を送っていました。
「ハルア、俺が運ぶから休んでろ」
「大丈夫ですよブルーノさん、これくらいなら持てます」
「クルッポー!ならこっちで飯でも」
「黙っとれルッチ。働き者なのは知っとるが無理はいかんぞ?」
「少し痩せたんじゃないかしら?きちんと夜は眠れている?」
……少々言い直すならば、酒場の店主に引き取られてからは、甘い甘い保護者たちに囲まれながらも健気に頑張っていました。
しかしこの保護者たち、今はこの島で船大工や酒場の店主として生活していますが、実は世界政府直下の暗躍諜報機関という、なんとも物騒な正体を持っているのです。
ハルアもそれを承知の上で、毎日彼らと共に平和な日々を過ごしていました。
そんなある日、一通の政府からの手紙が届けられます。
「お仕事のお手紙ですか?」
「本部で大きなパーティーがあるらしい。それに参加しろとの通達だな」
「バカらしい。なんで潜入任務中のワシらまで行かにゃならんのじゃ」
「さすがに仕事である以上はハルアを連れて行くのもまずいわね」
「バカヤロウ、他のCPの奴らにでも回させろ」
「そうね、なら返事を…」
「いけません!」
着々とパーティーの出席を拒む方向に話を進める面々に、堪らず少年は声を上げました。
頭に浮かぶのは、重役たちが多く出席する、それはそれは盛大できらびやかな会場。
そんなパーティーに欠席することはとても勿体無く感じるうえ、欠席の理由に自分の存在が挙げられているならなおのこと。
「お留守番は任せて下さい!行かないなんて勿体無いですし、それにお仕事でもあるんですよね?」
「だが…」
「お帰りになったら、たくさんお話を聞かせてくださいね?」
念を押すようなハルアの言葉に、保護者たちは首を縦に振ることしかできず、さあさあと急かすハルアに、何度も何度も気を付けるように言い聞かせて出て行きました。
約1名はいつまでも連れて行くだの俺は行かないだのと駄々をこねましたが、他のメンバーに引きずられて去って行きました。
「皆さんが帰るのは明日…。それまではお留守番なのです」
店の戸締りをしながら、ハルアはパーティー会場のことをまた想像してみました。
どこまでも広がる広大な会場に、島のように点在するテーブル、そこに乗せられた豪華な料理。
誰もが美しく着飾り、子供の自分には分からないような大人の会話を楽しむ出席者たち。
「良いですねー…おみやげ話を楽しみに待ちましょう」
誰かの前では口にすることはできなくても、夢見るだけならいくらでも。
お世話になっている彼らの邪魔をしてはいけないし、そもそもそんな格式高い場に行けるような身分でもなければ服だって持っていないのです。
静まり返る酒場を戸締りをしながら周って、こっそりため息を吐きました。
そんな中、酒場の窓から中を覗き込む大きな影が1つ。
「ハルアちゃんこんばんは、今夜ヒマ?」
「え、クザンさん!?」
見慣れた姿に驚いて窓を開けると、よっこいせ、とクザンと呼ばれた男は室内へ侵入してきました。
何やら箱を抱えたクザンは、何故だかいつもよりもきちんとした身なりをしているように見えます。
「どうしたんですか?CP9の皆さんならもう…」
「んー、それなんだけどさ」
大きな体を折り畳むようにしてハルアの前に膝を付き、抱えていた箱をぱかりと開ければ、そこに入っていたのは一目で良いものだと分かるような洋服一式。
「ご一緒に夢の一時でも。…なんちゃって」
+++++++
「本当に良いんですか?ご迷惑になるんじゃ…」
「良いの良いの。俺こそいきなりでゴメンね」
ふわふわ揺れるリボンタイを締め直しながら、ハルアはクザン愛用の青い自転車の荷台に座っていました。
足元にはぴかぴかの新品の革靴が輝いています。
嬉しくて緩んでしまう頬をきゅっとつねり、自転車を運転するクザンの体にしっかりと腕を回しました。
最初は遠慮していたハルアも、子供といっしょにいれば面倒な話も逃げられるから、と笑うクザンには敵わなかったのです。
クザンの話は気遣い屋なハルアを頷かせるための口上でしたが、あながちウソでもなかったりもします。
ああいう場でもセンゴクさんうるさいもんなあ…と向かっている会場のことを考えながら、クザンはきこきこと海を越えて行きました。
+++++++
「ひゃあああ…!!すごい…!!」
「ハルアちゃんこっちこっち。迷っちゃうよー」
ワノクニの建物の並ぶ海軍本部には、今日は世界中の支部の重役が顔を揃えていました。
スーツにタキシード、着物にドレス。他にも見たことの無いような美しい服を纏った大人たちが会話をしています。
すぐに人の波に流されてしまいそうな小さなハルアをクザンが抱きかかえ、ずんずんと会場を進んで行けば、やっと会場入りした大将の登場に所々から声がかけられした。
しかしそれも腕に抱えられた見知らぬ子供に目を奪われ、え?子供?大将の子供?と言葉に詰まってしまい、そのすきにクザンはすいすいと先へ歩いて行くのでした。
「(いやマジで助かるわこれ…)」
「すごいですねえ!本当にありがとうございますクザンさん!」
「え、あ、うんうん俺も一緒にいれて楽しいしね(ちょっと反省)」
「ハルアちゃんじゃねえかあ!!」
「げ…」
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