喫煙スイート [ 54/94 ]

※「全室禁煙」「おまけつき優良物件」の続編





快適だ。すこぶる快適だ。
新しい家は2人でくつろいでも手狭なことはなく、広すぎてスペースを持て余すこともない。俺とあいつの持ち物が、丁度良い配置で全て収まった。
俺が働くカフェにも水路1本で繋がっているためほぼ直通。あいつの事前(事後と言っても良いが)情報通りに、日当たりも風通りも良い優良物件だ。

「おっちゃーん、今日はパスタ茹でたいんだけど、野菜何があうかな」

「カフェのかい?それとも家?」

「家。あいつがいきなり食いたいとか言うから…」

「パウリーもホント良い嫁さん…おっとごめんよ、良い同居人見付けたもんだ」

誰 が 嫁 か

同居してる。それだけだろうが!って言うか俺とパウリーが新婚さんってか?無いわ!!男2人のむさくるしいあの家が愛の巣ってか?無いわ!!
そして俺が嫁かああああい!!いや家事全般やってるのは俺だし、あいつが嫁とかちょっと本気でやめてほしいけど。

やべえ鳥肌たった。
腕をさすりながらマーケットをぶらぶらしていると、向こうから5人程の集団が団子状態で走って来る。先頭を走る男はここらへんでは見ない風貌だったが、ちょっと見て分かる程に泣きそう。

「おらあああ待てコラ金返せえええ!!」

「無理なら臓器売る覚悟しろおらあああ」

「嫌なら家売っちまえ…あ、チアキさんだ!ちぃーっす!!」

「「ちぃーっす!!」」

「……お疲れ様でーす」

道を譲ると、さっきの男の後に続いて走って行く黒服たちが、わざわざ帽子を持ち上げてまで挨拶して行く。
その一瞬後にはまた鬼の顔に戻り、可哀相ではあるが自業自得な男を追って角を曲がって見えなくなった。

傍から見れば「え?何あの人借金取りの兄貴分?」みたいなやり取りだったが、俺は誓って借金取りに関係など無い。働いたことも借りたこともない。それなら何だ今のは聞かれると、もう分かるだろ?

パ ウ リ ー だ よ ちくしょう

あいつも割と最近まで追われる立場だったんだが、借金取りの頭をそれはそれは悩ませる最悪な客だった。確かに借りた。本人もそれは認める。使い道は主にヤガラレースだとも言っていた。
しかし、返さない。断固、返さない。
それって人としてどうかと思っていたが、奴と借金取りの追いかけっこの結末はいつだってパウリーの勝ちで終わる。だってなあ、街中で普通にロープアクション使うんだぜ。そりゃあ鍛えてるとは言え一般人に敵う相手じゃない。そんなあいつを見ながら、俺はいつだって憐憫の眼差しを向けていた。もちろん借金取りたちに。

それがどうだ。

パウリーが1人で直接事務所にやって来たと思ったら、どんっとカバンを机に乗せたと言う。中身をおそるおそる確かめれば、貸した金額に(法的には結構アウトな)利子をつけた金だった。
「悪かったな、返すから」それだけ言って出て行ったパウリーの背中を、その場の全員があんぐりと口を開けて見送った。
ぶっちゃけ夢だろうと思ったらしいが、調べてみるとパウリーの奇行(?)の原因がはっきり分かってしまった。

俺だ。

「チアキ−、1番ドッグでまた海賊が暴れてるらしいぜー」

「バカ、暴れてるのは海賊じゃなくて船大工だろうが」

「ははは、確かに!お前旦那見に行かなくて良いのか?」

「せいっ!」

渾身の力で投げ付けたリンゴは良い音をたてて友人の手の平に。サンキュ!とか言って行ってしまったが、違う!ぶつけようとしただけであげたんじゃない!それ俺のデザート!

ちなみにさっきの借金取りとパウリーの過去のやり取りは、彼らが菓子折りを持って俺にお礼を言いに来た時に涙ながらに語ってくれた。手まで握って「あんたには、感謝してる!」とか言われたが、その人の歯は何本か欠けていた。聞かなくても分かるが、パウリーお前どんだけ。
…あと言っとくけどね、俺、何もしてないっつーの!!

ポケットからキーケースを出して、まだまだ新しい綺麗な鍵を選ぶ。ガレーラカンパニーのロゴが入ったケースは、俺に鍵を渡すときに一緒にあいつがくれた。癪だが気に入ってる。

仕事から帰ったあいつはとにかく空腹おばけなので、ちゃっちゃと下ごしらえを終えて洗濯物を取り込む。もう2人の洗い物を分けることも無くなった。だって面倒臭い。
それを畳んだ後に、本棚から適当に雑誌を抜いて開く。半分以上パウリーの持ち物で埋まっているが、それでも余裕のあるこの本棚はあいつの手作り。端切れで組み立てとは思えない仕上がりに、俺は珍しくあいつを褒めてやった。

「ただいま」

「って帰ってくんの早いわ!いつもより1時間以上早いぞ!?」

「おま、だから帰って来た同居人におかえりくらいはだなあ!」

「おかえり!手ぇ洗えうがいしろ!」

「……まあ前よりかはスムーズになったか…」

やかましいわ。
前の俺の家から持って来たソファーの背にジャケット(今日もきったねえ)をひっかけて、一緒に紙袋を置いた。何だ何だみやげかと、特にことわりも入れずに開けてみる。

「あーそれな、なんとなく食いたくなって買っただけだ」

中には真っ赤なリンゴ。俺が今日買ったものは、きっとあの後友人のオヤツにでもなっただろう。
タイミングの良い奴め。褒めてやらんこともない。
実際にわしゃわしゃと撫でて褒めてやると、嬉しそうに笑った。犬か。
それなりに幸せなんて、言ってやらねえぞくそ。

「思いっきり口に出てるけどな」

「くたばれ!!」


喫煙者に甘いマイスイートホーム


「やっぱお前の飯うめえな」
「ありがたく食え。あとよく噛め。水もちゃんと飲め」
「お前は俺の母ちゃんか」
「嫁じゃねえのかよ」
「え」
「あ」



あとがき
もうお前ら夫婦じゃん!と周りにつっこまれる2人。そうです、夫婦です(きりっ)

ルナ様にパウリーさんと同居人さんとで続きをとのお言葉をいただき、またまた書かせていただきました!「全室禁煙」からの同居人さん、まさか続編を2つも書けるなんて…。うぎぎぎ、遅くなってしまいましたがありがとうございましたー!
管理人:銘



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