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「おい、まさか」

能力者は海に嫌われる。
鉄則であり例外の無いこれは、あいつももちろん知っていただろうに。いくら頭がゆるくても、こんな意味の無い投身自殺など。

自分の小指をさする。ここに結ばれた糸は消えてしまっていないか。切れてしまっていないか。枷はまだ繋がっているのか。だがこちらからは縁の有無は判断できず、無意識に爪が立つ。

波間にもがく腕でも見えやしないかと目をこらすと、ばしゃりと白く波たつのを見た。
あいつか、それともただの魚かと砂になって風にのると、いた。

「…………」

バカが、クロールしていた。

「あ、サー」

「……てめえ、能力者じゃなかったのか」

こちらに気付いたチアキは、水をかくのはやめずに息継ぎついでに俺の方を見る。この、バカが。
息継ぎの度に途切れ途切れに話される理由は簡単なもので、こいつの能力は悪魔の実によるものではなく、ワノ国の呪術に近いものらしい。Ms.ゴールデンウークのカラーズトラップのように、本人自身の力なのだろう。
しかしそれで「はいそうですか」と船に帰れる訳もなく。

「どこに行くつもりだ」

「え、いや、聖地に」

「殺すぞ」

「おかしいですね、糸は灰色じゃ」

「黙れ」

「だって鰐の話をしたら、エレファント・ホンマグロが恋しくなって」

絶句。
あの見目が良いとは言えない魚類に、負けた。
鈍感なチアキもさすがに漂う怒気を感じたのか、やっとクロールをやめてぷかぷかと浮きながらこちらを見上げた。
既にかなり港に近付いており、背後の船の方が小さく見える。

「今晩しっかり夕食を食べて、遠出はまた今度です」

「攫われる気あんのかてめえ」

「ぼくの第六感は、アラバスタにはエレファント・ホンマグロはいないと告げています」

「てめえ…」

「だから、サー」

ばしゃりと音を立てて左手を挙げたかと思うと、差し出されたのは小指。

「ほら、サーも出してください」

「…糸を切るつもりか」

「は?何言ってるんですか。いいから、ほら、疲れるんですよ」

立ち泳ぎのままむっとした顔をするので、言われるままに小指を出す。
待ちわびたように絡められた指はひどく冷たかった。

「ゆーびきーりげんまん、嘘吐いたら針千本のーます」

「おい、何の呪いだそりゃ。何しやがった」

「ただの約束の印です。縁結びみたいな力も強制力もありませんが、サーがやたらと拗ねてるんで」

「おい、」

「ゆーびきーった」

宣言通り、結ばれた指が切れる。離れた指は海の中にもどって、また水をかきだした。
チアキはこれで全てが片付いたとばかりにさっぱりした顔でクロールを再開する。

「約束しましたからねー。また今度ー」

海面より少し上を漂う俺は、小指を出したままその場に留まった。
あのバカを追い駆けて腕を引っ掴み、船に戻ることもできたが気分がのらなかった。むしろ、笑いたかったから笑った。

指にはめていた指輪を1つ外して投げると、遠くで「いたっ」と声がした。

いまだに主の不在に気付いていないらしい船に戻り、港に戻れと命令するために踵を返す。正確には下半身が砂化しているので返す踵は無いのだが。

「クハハハハハ!」

ああ!なんてバカらしい!!どうせ枷は外れていない。
全身を砂にしようとしたら、あいつの濡れた指と絡まった小指だけが原型を留めた。


このこゆびは(かせは)だれのもの


「センゴク、そんなに慌てなくてもあの子は帰って来るよ」
「おつるちゃん、だがあのクロコダイルがっ」
「今日はあの子の好物があるからね」
「船を出して…は?」
「良いこと教えてあげますなんて言って、内緒のお話さ」
「え、あ、は?」


あとがき
去年の暮れ(!)にリクをいただいて、やっと!やっと続編を書かせていただきました!リクエストしてくださった方、本当にありがとうございました…!!


誰よりもおツルさんが一枚上手。
お目付け役と参謀は仲良しみたいです。クロコダイルさん以上に。
天然(?)に振り回されるクロコダイルさん、良いと思います!←

管理人:銘


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