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※「傷だらけの指」の続編
「お目付け役の蝶は蜘蛛が食っちまった。じゃあな」
『クロコダイル!?何を言って…!』
がちゃん!
あいつの仕事場である聖地から掻っ攫って、さっさと船に放り込んで海へ出た。
バロックワークスの社員である船員は、いきなりの俺の帰還に驚いたようだったが、小脇に抱えていたチアキを降ろしながら「出せ」と一声かければ、従順に自分の持ち場へ帰って行った。
「サー、この船はどこに行くんですか」
「そのままアラバスタへ戻りてえところだが、少し迂回しながらあいつらの様子を見る」
「あ」
「なんだ」
自分から聞いたくせに興味が無さそうに窓の外を見ていたチアキは、いきなりスーツのポケットをさぐって紙切れを取り出した。丁寧な文字が見えるので、とりあえずこいつが書いたものでは無いことは分かる。こいつの字は…俺からすればポーネグリフと並ぶものがある。
「今日の夕食、エレファント・ホンマグロが出るんだった」
「……あ?」
「厨房のマリスがこっそり教えてくれたんです。いいものが入ったから期待してろって。ああマリスというのはこの前知り合った女の子なんですがお下げが可愛くて」
「黙れ、まず黙れ。そんなことは聞いてねえ」
言い付けを守る子供の様に自分の手で口を押さえるが、視線は離れ行く港に向いている。
本当にこいつの頭のネジは何本はずれているのか分かりゃしない。魚も女も至極どうでも良い。
「アアそうだ、てめえの指」
「?」
「俺の糸以外、切れ」
口を押さえたままの両手を指さすと、9本の糸は全て白。俺の糸も赤から落ち着いたらしく、他のものも変化は無し。まだこいつを掻っ攫ったことは他のやつらには漏れていないのだろう。
……もしこの糸の中にセンゴクと結んだものがあれば、今ごろ憤怒の色に染まるだけでなく、こいつの細指を焼き切る程に熱を持っていただろうに。
特に反論も未練も無いようで、左手の小指以外の糸を1本1本噛み切って行く。
ばちん
ばちん
柔らかい生糸のような外見に反して、まるで鉄線でも切るかのような重い音が8回。
傷の目立つ指が露わになれば、こころなしか表情も少し軽くなったようだ。
聖地ではこいつが俺にはめていた首輪が、今では立場が逆転。この縁は首輪だ。枷だ。
じわりと沸いた優越感に反応してか、小指の糸も赤が染み出す。
だから言ってんだろうが、これは、そんな軽いものじゃねえと。
「笑ってんじゃねえよ、バカが」
「可愛い人ですね」
「殺すぞ」
「おかしいですね、糸は灰色じゃなくて赤です」
「くだらねえこと言ってるならてめえの未来は鰐の餌だ」
「鰐?ぼくはあれです、F-ワニが見てみたい。そして乗ってみたいです」
「知るか」
「あれは食べられるんでしょうか」と不穏なことを言い出したチアキを部屋に残し、こいつのサイズの合わないスーツの代わりになるものを探しに自室に向かった。まあ俺のものを着せたところでスーツ以上にサイズは合わないのだが。
適当に見繕って部屋に戻ると、潮風が室内に吹き荒れていた。
「………ああ?」
開いた窓。
扉を開けた俺を振り返る姿は無い。
外は、海。
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