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30分前に入ったお客2人が、いつもと違ってあまり騒ぎもせずに怒鳴り声も聞こえてこない。
まさか湯にやられて倒れてるんじゃなかろうか。海軍の元帥と英雄と言えど年だし…と失礼なことを考えながら、定位置の番台から下りて思った以上に焦った足取りで風呂場の扉を開けた。
「………何してるんですか」
「ぶわっはっはっは、見付かったか!」
「俺はやめろと言ったぞ。それなのにガープは…」
ほうほう、センゴクさん。
そう言うあなたも顔が赤いんですか。
逆上せるかヒートショックでも起こして大変かと心配した俺の想像と違い、湯に浸かる2人はのんびりと楽しそうだった。そうだった、この人たちはシニア扱いしちゃいけないんだった。
ただし、2人の傍に浮いている桶に入っていたのは、どこから持ち込んだのか徳利が数本。
……確認するまでもない。銭湯で勝手に燗つけてやがったな。
「しかし風呂の湯じゃあぬる燗にもならんなあ!」
「ひと肌…いや、日向くらいが限界だろう」
「いや酒のことは知りませんけど、え、何してるんですか」
「酒盛り!!」
まあ元気のいいお返事ですね。
って言うか見たら分かりますね。そうですね、酒飲んでますね。銭湯で。
しかも数本だと思った徳利は、よく見ればそこらへんに転がっているじゃあないか。もちろん、空の。
この2人が入るところは、たしか床に落とした小銭を探していて見ていない。俺が番台から下りて這いつくばってる間に、こっそり持ち込まれてしまったようだ。…それにしても。
「見付かっても飲み続けるってどうなんですか」
「なんじゃチアキ、お前も、ほれ!」
「…センゴクさん、あなたがいながら…」
「だから俺は止めた!だがそいつがだな」
「でも飲んだんですよね?」
「チアキ、」
「飲んだんですよね?」
「……すまん」
こころなしか一回り小さくなったセンゴクさんは、持っていたお猪口をそっと桶の中に戻した。よろしい。言えば聞いてくれるのは大変助かる。
他にお客さんがいないから良かったものを…と言うか、そういう時間帯をきっちり狙って来たのか、この人たち。
「主犯はガープさんで間違いありませんか」
「ワシがぽろっと提案してみたら、案外センゴクが乗り気じゃったもんじゃから」
「何がぽろっとだ!脱衣所で何かごそごそしているとは思っていたが、風呂場に入ってから言い出して『ばらしても共犯』と言ったくせに」
「そう言われて飲んだと」
「……すまん」
「まあそう責めてやるな!こいつも反省しとるようじゃし」
「誰のせいだ誰のっ!!」
分かってはいたけど、なんと言う反省の無さ。
俺の言葉にいちいちしゅんとするセンゴクさんと違って、この人まだ飲んでるし。
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