兵器と兵器 [ 48/94 ]

「痛かったろうに。こんなにもでかい傷なんてこしらえちまって」

まだ少年と言って良いような歳の男の背中に出来た傷を、青年が指でなぞって確かめていく。
ざらりと皮膚の感触とはまた違ったそれは、迫撃砲を何発も撃ち込まれたとは思えない程に浅く、とうに塞がっていた。

「ルッチ、避けようと思えば簡単に避けられただろう?こりゃあ痕が残るよ」

「女じゃあるまいし、痕が残ったところで何とも」

「女じゃなくても気にしなさい。君は絶対まだまだ男前になるんだから、体は大事にしな」

「…チアキさん、今日は随分と褒めてくださいますね」

「可愛い後輩が500人殺しなんかしたとあっちゃあね」

ぶん、とチアキがルッチの頭めがけて拳を振るうと、ひゅっと下がるルッチの頭。
獣化して豹の姿になった彼に、咳をひとつしてから改めて頭を叩く。
それでも反省するでもなくけろりとしているルッチに、むっとして猫ヒゲを引っ張るとさすがに嫌がられた。

「この姿になっても傷痕はあるんだね。せっかくの毛皮が台無しだ」

「毛並みと言ってください」

「はいはい。自慢の毛並みに穴が開いちまって、触り心地も不思議だね」

「嫌ですか」

「いいやあ、アクセントがあって良いんじゃないかい」

ふむふむと頷きながら背中を撫で続けるチアキに、ルッチは床に伏せるかたちで体勢を崩した。それを良いことに頭や尾を撫でまわすチアキの手に、嫌がる素振りもなく瞳を閉じる。

「しかし今回は俺も駆り出されると思ってたんだがね」

「あれしきの任務、あなたが出るまでも無い。事実俺一人で片は付きました」

「君ねえ、人質皆殺しを解決と呼ぶかい」

「俺としては、あなたならどうするかと考えて行動したつもりだったんですが」

「ええー…。俺ならまあ……殺してたね」

「でしょう」

フフンとしたり顔のルッチの頭をまた軽く叩いて、また大きな傷痕に指を這わせる。
迫撃砲が数発直撃したであろう傷痕は、見れば見るほど世界政府の象徴に似ていた。
砲撃した海賊たちが狙ってやったわけはないが、偶然にしても必然にしても、ルッチの背中には皮肉にも良く似合った。

そしてもうひとつ皮肉なことに、チアキの背中にもよく似た痕が残っている。
ルッチのような傷痕ではなく、自身の六王銃の多発使用によってできた痣だった。
その痣が出来た時に彼があたっていた任務は、大きな町丸ごと1つの殲滅。

チアキが一晩かけて残した2000人殺しという記録は、今回のルッチの500人殺しも足元に及ばない。
そんな彼の姿を“殲滅兵器”と呼び始めたのは、いったい誰だったか。

「そう言や君、聞いたかい」

「…殺戮兵器、ですか?」

「そうそれ。俺の殲滅兵器にかけたつもりだったのかね。でもルッチにぴったりだよ」

「500人を殺して兵器なら、あなたは神か何かですか」

「なんだい、根に持ってるのかい可愛い奴」

否定の言葉は帰って来なかった。

ルッチはしなやかに床から立ち上がったかと思うと、ついさっきまで豹がいた場所には少年が立っていた。
人の姿に戻ったルッチは、椅子の背にかけられていた自分のシャツを羽織ってチアキの方を振り返る。

「CP9としても、兵器としても先輩なあなたに問いたい」

「どうぞ、俺に応えられる答えならね」

「兵器に、感情は必要ですか」

表情を変えないルッチの視線は、真っ直ぐにチアキの眼に。
もしくは、その身体を通り抜けて背中の痣を見ているのか。

「バカだね、俺を見ていりゃあ分かるだろうに」

「あなたを不躾に眺めるなど、とても」

「現在進行形で舐め回すように見てるのは誰かな」

「おっと失礼」

微塵も失礼だと思っていないらしいルッチに、右足をついと上げて見せると一瞬で警戒の色が出た。
しかしその警戒も意味を為さない速度の剃でルッチの背後に回れば、ぴりっと空気が鋭さを増す。

「人生楽しんだもん勝ちさ、ルッチ」

チアキは背後をとったルッチには手を出さず、椅子にどさりと腰を下ろす。
ゆっくり振り返ったルッチは相変わらずの無表情だが、その額には冷や汗がちらりと流れた。
その様子をニヤリと笑って眺める姿は、ルッチの眼にはただの椅子も玉座に映る程に畏れが恐れに勝っていた。
小さく身震いをして、その足元に跪けば笑みがこぼれる。

「今、極上に悪い顔をしてるよ。君」

「あなた程ではないですがね」

目の前にある靴の爪先に顔を寄せれば、からからと笑って額を蹴り上げられた。

「忠誠を誓う相手が違うだろう。それに服従は兵器にゃあ似合わないさ」

蹴り上げられた額をさするルッチの顎をチアキが爪先で持ち上げれば、ニヤリと兵器二人でそっくりな悪い顔で笑い合った。


兵器の談笑・兵器の憂鬱


「13歳のあの頃の君は可愛げがあったのに」
「今はありませんか」
「君ね、28にもなって可愛いって言われたいかい」
「そうですね、あなたになら」
「あー可愛くない!男前になりやがって可愛くない!!」



あとがき
似た者同士の兵器2人。
純粋に先輩を尊敬・崇拝してるような素直なルッチさんを書こうとしたらこうなってました。なぜこんなにもふてぶてしくなったの…!
管理人:銘


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