美しいあなた [ 24/94 ]
私の学校の3年生に、ホーキンスという有名な男の人がいる。
なんでも霊感やら何やらがあるらしく、彼のタロット占いは良く当たるどころか呪い並みなんだそうだ。
一度教室に見に行ってみると、窓際の一番後ろの席に、美しい金髪の美人を見た。
美しい人だった。鼻筋が通って、曲がることの無い綺麗な背筋に感心したのを覚えている。
その時もタロットをいじっていたらしく、手袋をした手はカードを混ぜていた。
私はそれをよく見たくて、教室にいた誰にも邪魔されることなく彼に近付いた。
「なぜこんな所にいる」
視線はカードに向いていたけれど、おそらくは1年の腕章を付けた私に向けた言葉だったのだろう。
私はどう答えたものかとしばらく悩んだが、とりあえずごめんなさいと謝っておいた。
「1人か」
ここでやっと彼がこちらを見た。
虚ろにも見えるその両目は、まるで奥の奥まで見透かされるような言い知れない力があった。
有名な彼の所には、噂を聞いた悩める仔羊たち(主に女子)が集まると聞くので、私のように1人で乗り込んでくる者は珍しいのだろうか。
「そうですね、1人です」
「なぜこんな所にいる」
あれ、それさっきも言われた気がする。
なぜと言われても。
「どうしてでしょう、ホーキンス先輩が美人だったので思わずですかね」
「…おかしなことを言う。名前は」
「チアキです」
「チアキ、俺に何を望む」
あ、いやいや。
別に占ってほしかったわけではなく。
単に気紛れで見に来ただけで、こうやって3年の教室に入ってまで近付いたのにも特に理由は無い。
ありがたいことに周りの人たちはこちらを気にはしていないようだ。
まるで、ホーキンス先輩の周りの空間が切り取られたような別空間にすら感じる。
「望まないのか」
「寝坊しなくなるとかでも良いんですか」
「おかしな奴だ。俺はてっきり
……と」
ふむ、と口元に手を添えながらこちらを見る彼は何かを言ったようだったが、周囲の笑い声にかき消されて私にまでは届かなかった。
3年なんだからもうちょっと大人しくできないものかと睨んでみたが、完全に無視された。失礼な人たちだ。
「すいませんもう一回」
「…いや、いい」
「何ですか、気になります」
「…チアキ、また来い」
そう言ってカードへ視線を戻してしまったホーキンス先輩。
ものすごく誤魔化された感がいなめないが、どうやらこれ以上は何も言ってくれないらしい。
良く言えば神秘的、悪く言えば何を考えているのか分からない表情でカードを混ぜ、完全に周りをシャットアウトしている。
なんだかさっぱり分からないが、またここに来いと。
それは許可と言うより命令のようで、私にそれに逆らう選択肢は無いようだった。
「さようなら、ホーキンス先輩」
「ああ」
返事が返ってくると思わなかったので、少しだけびっくりして教室を出た。
振り返って彼を見ると、やはり美しい人だった。
美しい(彼は)(彼女は)まるで死神のようで
次の日、チアキは来た。
次の日もその次の日も俺の元へ来た。
毎日彼女は俺のタロットを眺めて、ただ黙ってそこにいる。
相変わらず向こう側が透けるその身体を、俺は美しいと思った。
「おかしな奴だ。俺はてっきり
あの世への行き方でも聞きに来たのかと」
あの日彼女に届かなかった言葉は、今日も彼女には届かない。
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