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「ブルーノさん!!」
「ハルア・・・!」
ひしっ!
海列車の駅で抱き合う小さな子供と大きな大人。
その場にいた他の客たちは、そんな微笑ましい二人に優しい視線を送っていた。
ああ、きっと久しぶりに会えた親子か何かだろうなあ。
半分正解、半分はずれ、である。
二人の本当の関係は“政府の人間とそれに仕える給仕”。
だがこのウォーターセブンでは“酒場の店主とその甥っ子”になる。
この島にいる限り、“エニエスロビーで給仕をしていた少年”は“伯父の店を手伝いにやって来た甥っ子”になりきらなければならない。
ハルアはその責任をちゃんと理解していた。
「ブルーノ伯父さん、の方が良いですか?」
「・・・いや、今のままでいい」
感動の再会もそこそこに、手を繋いで駅を出て、ブルーノズ・バーへ向かう。
ハルアは驚いたように手を引っ込めようとしたが、大きな手でそれを捕まえる。
この方が身内らしく見えるだろう?
ひゃああ、と焦っていたハルアもその一言で大人しくなる。
一方ブルーノはハルアには見えないようにしながらもにやけ顔である。
「海列車はどうだった。初めてだったろう」
「はい。窓際に座ったんですが、もうすごかったですよ!」
声は弾んでいるが、視線はあちらへちらり、こちらへちらり。
ブルへ移り水上屋台へ移り、水路を経て町並みへ。
更にそこから足元、背後、繋がれた手を見て、そうしてやっとブルーノへ視線が戻ってくる。
「くくく」
「?」
「ここは探検のしがいがあるだろう?」
「!!」
きょろきょろと忙しい視線は、この町に興味津々です!と声高々に訴えている。
それはそうだ。
生まれは人も少ない小さな島だと聞いているし、エニエスロビーでも最初はうろうろきょろきょろと珍しそうに探検していたのを知っている。
ハルアと接していると忘れがちだが、この子はまだ十年しか生きていない子供なのだ。
十歳の子供は、『今日の髪飾りも可愛らしいですけど、昨日のあれも素敵でした』とか『あれ、今日は桃の香りですね。とっても良い香りです』なんて言ったりしないので、忘れがちになるのも仕方の無いことなのだが。
「ここだ。二階を居住スペースにしている。」
ハルアの部屋も用意したぞ、と声をかければ、またぱあっと顔を明るくしてくれる。
この小さな甥っ子は、この島では随分と子供らしくなるらしい。
嬉しい変化だ。
おそらくはその腕に抱いた犬(狼か?)のぬいぐるみのせいでもあるのだろうが。
何故か額にサングラスをかけたそれは、ものすごく見覚えがある。
「(ジャブラめ・・・)」
いや、とってもそれを抱くハルアの姿は可愛いのだが。
可愛いのだが、ぬいぐるみがあいつだと思うと少しムカついてくる。
「お店は夜からですか?」
「ん、・・・ああ」
可愛らしい自分の甥っ子と同僚のことを考えていると、声が現実に引き戻してくれる。
ブルーノズ・バーは日が暮れた頃に店を開け、たいていは日付が変わってしばらくした頃で閉める。(船大工たちが朝までぐだぐだすることもあるが)
閉めた後は時々潜入メンバーが集まり、店内で報告会が開かれることになっている。
しかし、これに待ったをかけてくれたのがカクとルッチであった。
昼飯はどうする。
え、いやいや。
・・・どうする、じゃないだろう。
まるで何言ってんだお前は、と言わんばかりに意見してくる二人に頭が痛くなった。
社内に食堂も売店もあるわ、とカリファが声をかけても、二人はこちらを睨んだままだった。
待てコラ俺はお前らの母親か何かか。
なぜ昼食の面倒まで見てやらなければならないのか。
「金は払うから頼めんか」
「お得意様の頼みだ。聞いておけ」
・・・お得意様って、まさか毎日来るつもりか。(ぞっ)
そんな悪い予感は悲しくも的中し、ほぼ毎夜夕食と酒のためにやって来るこの二人。
結局ブルーノは、そんな世話の焼ける二人のために毎日昼食をカンパニーに届けていた。
もうここまでくると本当に母親のようである。(カリファにも一応声をかけたが、大きな子供が二人もいて大変でしょう、と返された。くそう)
今日の分は既に作り置き、風呂敷に包んで準備は万端。
ハルアに荷物を整えさせ、その内に持って行くつもりだったのだが。
「・・・・」
もはや無言になり窓の外の町並みを見るハルア(体だけはこちらを向けている)に、思わず噴き出した。
やはりこの子は、この島ではただの十歳の子供であるようだ。
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