ダルメシアンズ

監督生視点

 最高だと思った。気が付いたときに視界が真っ暗で、炎に包まれさえしたときには死んでしまうのかと思っていたけれど、ここがどこか気付いてしまえばなんてことはなかった。だってこの世界はツイステットワンダーランド――あのツイステの世界だったのだから!

 それからはとんとん拍子。男子校で唯一の女子生徒としてオンボロ寮の監督生となってからのことといったら、まさに順風満帆の予定調和。シナリオ通りの大団円!扱いが不安だったグリムもツナ缶を何とか確保すればうまくやっていけたし、もちろんエースとデュースはトラブルを持ってくるけれど、それが私自身の足場を固めることぐらいわかっているから我慢できた。
 そもそも、わかっていたことだけれど主要キャラクターの顔立ちというのはナイトレイブンカレッジにおいてもずば抜けていて、見渡す限りの美しい顔立ちはずっと眺めていたって飽きがこないのだから些細なことなんて気にならなくなってしまう。
 人間は平等じゃない?そのお顔を見てから言いなさいよ。貴方はずっと素晴らしいアドバンテージを持っているくせに――だなんて思わなくもないくらい。美人は三日で飽きるなんてそんなの嘘だってわかってしまった。

 そして何より、想像していたよりずっと彼らは女子生徒である私に優しかった。ヴィランズでも夢の国の男の子だということだろうか――重いものを持たせることはしないし、所謂モブキャラが私に向かって魔法を飛ばして絡んでくることもない。同級生の一年生たちは気安く親切で、未だであっていないキャラも多いとはいえ、ヤバいヤバいといわれるフロイド・リーチさえも私を「小エビちゃん」と懐いてくれた。オーバーブロットを引き起こした寮長組も魔法を使えない私を巻き込んでしまった罪悪感からか、最初は強く当たっていた割にずっと親切だ。
 この世界の人々が顔を青くするオーバーブロットだって、最終的にこちらに怪我一つなく収まるのならなんてことはない。
 少しの不満は皆が「監督生」と呼ぶから、名前で呼んでくれる人があまりいないこと。でもそれはシナリオでもそうだったししょうがないかと思う。名前を呼んでなんて強いることでシナリオからそれて困るのは私だ。

 これまで、勉学ってものを好きだと思ったことはなかったけれど、どうしたって遅れてしまっているこの世界の勉強は先輩方はもちろん、先生方だってとっても近い距離で熱心に教えてくれるのだから頑張らないわけがなくて。最も年が近いであろうディヴィス・クルーウェル先生に至っては、子犬たちでは話にならないだろうと必要なものがあったら言うようにとその整ったお顔で仰るのだから、恋多き年齢の私がときめかないわけがなくて。

「この問いの答えは――」

 錬金術の授業で問いかけられた答えは、つい先日先生と予習したところ。ついキラキラとした目で彼を見つめれば、フと零れた笑みで彼は私を当てた。間違えるわけがなかった正しい解答に、「Good girl!」と上機嫌な先生の低く甘い声が耳をうつ。
 これだから味を占めてしまうのはしょうがないでしょう?
 彼の担当教科の理系科目以外でも、全くと困った顔をしながらも丁寧に教えてくれるのだからたまらない。隣で教えてくれる先生の大人の余裕を感じさせる表情とスパイシーでどこか甘くもある香りは、私を夢中にさせる。でもきっとクルーウェル先生は女慣れしていらっしゃるから、今はまだ―心のなかでひっそりと思いを抱くだけに留める。
 キラキラ煌めくかの人の瞼のアイシャドウが教室の魔道具の炎でチラついて、私の視線を奪って離さない。
 帰ってからは一切使い物にならない勉学に勤しむのは、可能性を広げるため。この世界に残れるほどの知識と教養を身に着けたとき、帰る選択を捨てて手を伸ばしたら、優しい彼は手を取ってくれるかしらと――私はうっそりと微笑んだ。

 日本で一般家庭に生まれて生きてきた十六年間とは比較にならないほど、ずっとずっとお姫様のような扱いをしてもらえるこの世界に――異世界に来てしまったことなんて一切気にならないくらいに――私は満足していた。


 ・

 第三章が終われば次にやってくるのは冬期休暇。この休暇でさらにスカラビア寮のあの主従とも仲良くなれるかと思うと、待ちきれないものがある。
 帰省の準備を終えて、ボストンバックを手にするエースとデュースを見送りに共に鏡の間へ向かう。そういえば、そろそろ学園長からお古のスマートフォンを貰えるはずだった。日本では毎日インスタに写真を投稿していたのに、スマホのない生活には飽き飽きしていたから思わずにっこりしてしまう。

「上機嫌じゃん、監督生」
「うん。今日はいいことがある気がするの!」

 ディヴィス先生は質問の為といえば、IDを教えてくれるだろうか?学園長のIDは必ず手に入るのだから教えてもらえるような気もする。
 冬期休暇に入って先生が学園を出る前に一度顔を合わせておきたいな、と思う。ジャミルに出会う前に探さなきゃいけないな――そう思っていたからだろうか、噂をすればなんとやら。黒と白のファーコートが鏡の間から微かに覗くのに気が付いた。やった、タイミングがいい――?

「え、誰だ。あれ」
 デュースが私の思考を読んだようにそう呟いた。

 その女性は鏡の間で、注目を一身に受けていた。
 身に着けた白と黒のファーコートは、今まさに私が考えていたあの美しい人の物と酷似していて、違いといったらその丈くらいだろうか。彼女の女性にしては比較的高身長でありながら華奢なな身体に合わせた造りであることは、こちらのファッションに詳しくない私にだって理解できた。コートの中には黒が基調となったロングドレスを身にまとい、枝毛の一本もないであろうロングヘアは、彼の人のように左右で色合いが異なっているのが一目でわかる。彼がブラックスポットのダルメシアンであるならば、彼女はレバースポットのダルメシアンだろうか。

 そして彼の指し色とは反して、彼女のチョーカーの大きな宝石や手袋に使われる指し色はまるで深海のような深い青で、まさに彼の人のあの知的な瞳の色を想像してしまって――嫌な、嫌な予感がした。
 その瞬間、その美しい女が何かに気付いたように、うつむいていた顔を上げて、私たちに目を向けた。その真っ赤な瞳は、そうまさに見慣れた彼の人の際し色の――

「Dear!」

 それは紛れもなく今想像した彼の人の声だった。聞いたことのないくらい甘い、甘い声。ブラックコーヒーを好む彼の、蜂蜜をかけた砂糖のような甘い甘い声。
 デイヴィス・クルーウェルは入り口にいた私達なんて視野の外、いやそもそも周りの視線なんて一切気にすることなく、生徒と同じく休暇の為に手にしていたキャリーを引いて、彼女の元に駆け寄ってそして、ぐっと彼女を抱きしめた。

 それはどう見ても、恋人同士の抱擁だ。全寮制の学校に勤める男が、最愛の女を抱きしめる愛情のこもった抱擁だった。

 まるで映画のワンシーンのような永遠にも続きそうなそれは、次の一瞬には深い口づけを交わしそうな距離をもって停止した。

「Darling どうして君がここに?」

 あの甘さをそのままに、彼は彼女に問いかける。キスをしそうな距離のままそのまま、会話というには不思議な彼の言葉は続いていく。

「ああ、そう悲しむな。なにがあった?」

「…そういうことか」

「謝らないでいい。君の仕事を俺が誇りに思っていることは知っているだろう」

「次のバケーションに予定を移そう。次は学会も近くにはないし、何も問題はないさ」

「君と過ごせることが大事なんだ。それ以外俺に欲しいものはないと知らなかったのか?」

「ところで、夕食は未だか――では、ご一緒していただけますか?レディ」

 そう言って、彼は左手を彼女に差し出した。先ほどまでどこか耳を萎びさせた子犬のような印象を抱かせた女性は、青い手袋で彼の手を取る。
 自室で勉強を教えてもらっている間も、ずっと隠されていた彼の左手に輝くシルバーリングが嫌に目を引いた。揃いのそれが、青色に覆われた女の左薬指にもあることは見なくてもわかることだった。

「おや、相変わらずお熱いことで」

 遅れてやってきた学園長は、私の知っている通りのアロハシャツを身にまとっている。クルーウェル先生は女性を抱いたまま、学園長に視線を向ける。女性が小さく会釈をしたのが見えた。

「ああ、クロウリー。予定を変えた。俺は大学の方で彼女の付き添いだ」
「おや、遠出をする予定では?」
「助教授と助手が流行り病でダウンしたそうだ。次のバケーションに予定を繰り越すことにした」
「なるほど。承知しました。では、ギリギリまでそちらでしょう?南の国のお土産はそちらにお送りしましょう。私、優しいので」
「ああ、そうしてくれ。ではな――子犬共も、くれぐれも課題を残さず、よいバケーションを」

 愛する者への感情を存分に見せつけたことに感じることはない様子で、周りを普段と何も変わりのない態度で一瞥して、最愛を抱いた男は惚れ惚れするほどのエスコートで鏡を潜って行く。
 残るのは、取り残された学生たちのざわめきだけだ。

「え、なにあれ。ちょっ学園長!?なんすかあれ!」
「えあれ、クルーウェルの恋人?」
「いや指輪してたぞ、クルーウェル先生!」
「か、会話なのか?いやあれ会話成り立ってなくなかったか?」

 ざわりざわりと、騒々しい。

「はいはい!そこまで!クルーウェル先生の奥様ですよ!気になる方はアドラステア・クルーウェルで調べてみて下さい。彼女有名な魔法薬学の権威ですので!皆さん彼女を見習ってください!疑問を抱く学生に情報を差し上げる私、ああなんて優しいのでしょう!」

 あの女性が誰であろうと、なんであろうと。はっきりとしたことは、私が今この瞬間に失恋したということだった。
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