(中)

「ねえ、ジャックくん、レイドくん見なかったスか?」 普段レオナの使い(世話係)として彼方此方へと飛び回るラギーは、昨夜の宣言通り、監督生へのその役割を押し付けていた。入学以来忙しなく動き回る姿に慣れているジャックには、寮内で手ぶらな様子が珍しく映る。
「いや……見てないスね。どうかしましたか」
「錬金術のノート、チラッと見せてもらおうと思っただけなんスけど……最近特に寮内であんまり見ないスね」
「朝練は出てましたよね……オクタヴィネルのあれ、とか――」と。今まさに巻き込まれている事象をあげれば、ラギーはキョトンとして吹き出すように笑い出した。
「――ッハハ!あんな危機感皆無なお間抜けさん達と一緒にしちゃダメっスよ!レイドくん成績は普通に良い方だし」
 へえと頷いたジャックは、しかし、入学して数ヶ月とはいえあの先輩のことをよく知らない。ジャックの性質上進んで馴れ合うことはないとはいえ、関わりがあまりに薄い事実に疑問を抱いたのは当然だったのかもしれない。
「レイド先輩って、マジフト部じゃねえですよね。サバナクローらしくもねえっていうか……」
「そうっスね――“どこかの誰かさん”みたいに、レオナさんの決定に否を唱えたりはしないけど、やることやったらフラッと消えてるんすよね……」
 「どこかの誰かさん」に棘を感じてグ、と黙るジャックにシシシとハイエナは笑い、チラと時計を見た。「あ~あ、夜食作んねえとなァ……続きを聞きたきゃ、手伝ってくださいっス」そして、シシシと笑ってみせた。昨夜に引き続き、監督生に付き添ってトラブルに巻き込まれた疲れはあったが、ジャックはその言葉に頷き、頭ひとつ小さな先輩を追いかける。
 寮の小さなキッチン備え付けの冷蔵庫を慣れた手つきで漁ったラギーは豚肉と端に残すように置かれている少し萎びた野菜を取り出し、「ま、傷んでないから大丈夫っしょ――ジャックくん、棚からビーフンとって、茹でて戻しといて」とジャックに頼むと、自身は包丁を手にした。トントンと実家でも聞いていたような、小気味良い音がキッチン内に響く。ジャックが慣れない手つきで鍋に沸かしたお湯にビーフンを突っ込む傍らで、ラギーは器用に手を動かしたまま口を開く。
「レイドくんのことは、レオナさんも信頼してるわけじゃないから、こないだ[・・・・]はそれとなく俺も見張ってたんスけど……まあ、当たり障りない感じ。そもそもレイドくんなんかに興味あんのかなァ」
 フライパンに油を引いて、油の弾ける音が響く。話しながらもラギーの料理の腕は止まることがない。
「親しい友達もいないっぽくて――同じクラスだからオレは比較的話す方っスけど……オレもレオナさんの“お世話”があるんで常に一緒にいるわけでもないし。部活も……なんだったかな……パッとしないやつ」 ラギーは本気で心当たりがないらしく、首を捻っている。ナイト・レイブン・カレッジは一学年200人程度だが、我が強い生徒が多いため、同規模の学校に比べてごく小規模の同好会が多く存在しているのは事実であった。しかし、パッとしないということは陣取りのために定期的に争奪戦が繰り広げられる――NRCがNRCたる所以である――運動部ではないのだろう。彼の極めて高い身長と、マジフト大会以降始まった朝練での動きを思い出して、ジャックは微かに眉を寄せた。
「もったいねえ……リーチ兄弟にも負けねえ身長があんのに――」
「あ、それダメっスよ」と。ラギーが動かしていた手を止めて、ジャックを見た。「――え」
「レイドくん、一年の時にフロイドくんとでかい喧嘩してるんスよ」
 微かに声を潜めたラギーはため息を漏らす。あの片割れなら然もありなん――と納得しながらジャックは使用した器具を洗っていく。
「そんなにやばかったんスか」
「詳しくは知らないっスけど、言い争いから、最終的には馬乗りの殴り合い。なまじガタイがいいから、周りへの被害もそこそこで……停学にならなかったのが奇跡っスね」
 治安がいいとは言えないNRCなれども、ゲンナリとしたラギーの表情に察するものは余りある。完成させた料理を見栄えなんてクソ喰らえな様子で手早く皿に盛ったラギーの指示を受けて、冷蔵庫に突っ込まれたドリンクの瓶を片手にジャックもキッチンを出た。
「まァ、あの喧嘩も、サバナクローでレイドくんが平和に過ごすって意味ではかなり[・・・]影響あったっスね」と、遠い目をするラギーはサバナクローの弱肉強食的なあり方に、ヒトであるレイドはもちろん、おそらくその種族と痩身から彼自身もなんらかの苦労を強いられたのだろうことをジャックに想像させた。しかし、ジャックがなんらかの言葉を返すより早く、ラギーはその気配を消し去った。
「ともかく、それからリーチの名前は禁句というか――みんな寝た獅子を起さねえようにしてる感じっスね」
「なるほど……」とジャックが頷けば、微かに鼻を擽る匂いにヒクリと鼻を動かした二人は振り返る。サバナクローでも唯一異なる匂い。噂をすれば影がさすとは上手いことを言うもので――その高身長が影を伸ばす先、サバナクローには似合わぬ白い肌がやはり今日も彼を彼たらしめている。
「お疲れ様です、レイド先輩」
「レイドくん、おかえりっス」
 その言葉にレイドはああ、と頷いた。いつも通りに制服姿を着崩した彼は、両手をポケットに突っ込んだまま気怠げに、わずか数歩でラギーとジャックの側までやってくる。
「こんな時間に――ああ、寮長の夜食か」
「正解っス、流石にこれは監督生くんに任せらんないんで」
「ふうん」と返したレイドは言葉を返しながらも興味はなかったのだろう。堂々と欠伸を漏らした。ラギーがほらねと肩をすくめるが、慣れ切っているのだろう気にした様子なく彼に言葉をかける。
「レイドくん、あとで錬金術のノート借りてもいいっスか?」
「シャワー行く前にデスクに置いとくから、持ってって」
「助かるっス!」
 ラギーの言葉に頷くと用件は済んだと言うように隣をすれ違おうとしたレイドに、しかし、微かに嗅ぎ取った覚えのある冷たい潮の匂いにジャックは思わず口を開いた。「オクタヴィネルに行ったんですか?」
 微かに眉を寄せてしまったのは、まさに今この時かの寮を敵視していたからであり、彼がリーチと犬猿だと聞いたからでもあった。
「ああ、モストロで飯は食ったな」
「え!レイドくん!?――喧嘩とかしてないっスよね!?」とのラギーの疑問は尤もであったが、レイドはその言葉に至極不愉快そうに眉を顰めた。
「あ?一年坊が馬鹿な契約したって聞いたから行ってきたんだよ――飯は美味えしな」
「あァ、契約内容知ってたんスね」
「お前ら目立つだろ」 朝の会話を何処からか聞いていたのだろう。契約内容からリーチ兄弟が妨害に出るとの予測の元、モストロラウンジで快適に食事をしてきたであろうことに思い至ったジャックは口の端を引き攣らせた。レイドはその様を見てククと喉で笑っている――それは契約内容を把握した際のラギーとレオナ同様であり、彼も正しくNRCの先輩であることを思い知ったジャックは小さくため息をついた。

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