自分の目で見て、耳で聞いて、声で話して。この世界に存在するわたしという名のディセンダーは、伝説やお伽噺で語られるような凛々しく尊い英雄ではないと自分でそう思う。まったく情けないことこの上ない。それでも生まれてきて良かったと思えるのは、この世界の人々が優しくあたたかい人柄であるからに違いない。わたしのようなどこの骨ともしれない者にも手を差し伸べてくれるし、笑いかけてくれるし、あったかいご飯も食べさせてくれるし、なにより、心から心配してくれる。


「あっ、おい」
「なに、ルーク?」
「お前、そんなちょっとしか食べないのかよ。もっと食えって」
「でももうお腹いっぱいだし」
「だめだめ!ほら、座れ!」


ルークはその中でも特別優しい人。積極的に世話を焼いてくれるし、わたしが知らない色々なことを教えてくれるし、とびきり優しくしてくれる。たくさんの愛情をくれるひと。とてもやさしい心を持っているひと。ネズミがぴんと伸びたヒゲで状況を察知するみたいに、わたしは彼のやさしさを感じとる。「ルークが誰かの世話焼くなんて、面白いけどなんだか心配だよ」いつかガイがそう言っていたが、確かにわかるような気がする。落ち着きがないというか、張り切りすぎているというか。どっちにしても頼もしいことに変わりはないのだけれど。


「オレさ、妹が出来たみたいで嬉しいんだ」


食事を食べ終えて甲板に寝転がっていると、ルークがそんなことを言い出した。わたしは視線だけをルークに向ける。やはりルークはニコニコ笑っていた。



「妹?」
「オレ、兄弟とかいなかったし…って言ったら嘘になるけど、アッシュと過ごした時間なんか少しも無かったし。だから血は繋がってるけど、イマイチ兄弟って感じしなくてさ。けどお前は、なんか違う」
「わたしが?」
「血は繋がってないけど、妹がいたらこんな感じなのかなって。すごく近くに感じるんだ」


ルークは一瞬寂しそうに目を伏せたが、次の瞬間にはそんなもの吹き飛ばしたかのように、またいつものように笑った。わたしはなんだか胸の奥がつっかえるような思いがして、よくわからないから首を傾げた。「どうした?」「ん…?わかんない」「なんだよ、変なヤツ」ルークがくしゃくしゃとわたしの頭を撫でる。やっぱりルークは笑っているが、今度はわたしもつられるようにして笑ってしまった。ルークはきっと今、寂しくない。けど、心のどこかに寂しさが残ってる。わたしは情けないくらいに自分一人じゃ何にも出来なくて、伝説やお伽噺に出てくる英雄とは程遠いけれど、誰よりも人の心に敏感であった。自分でもよくわからないけれど、まるで見えているみたいに、手に取るようにわかってしまう。一挙一動、そのひとつの動作に何が隠されているのか。そこに潜む喜びや悲しみ、悔しさ、慈しみ、幸せ、寂寥、嬉しさといった感情を、わたしはなんとなく掴むことができる。だからこそ、さっきと今の、ルークの笑顔の裏に隠れた想いを、ほんのすこし手繰り寄せることが出来たのだ。

けれどわたしはわからない。気持ちをなんとなく理解することはできても、それで、その次は?わたしはどうしたらいいのだろう。どうしたらルークのあの寂しさを打ち消せるのだろう。考えて考えて、遂には夜も更けて、まんまるのお月様も傾き始める頃になっても、わたしはベッドの上で膝を抱えて、ぐるぐるとルークのことばかり考えた。それほどにわたしはルークのことが大好きなのだ。わたしのことを妹と言ってくれたルークのことを、わたし自身も知らず知らずのうちに兄のように感じていたのだろう。妹が兄の為に案じ、助けるのは当たり前のことだ、と思う。多分。元々兄弟がいないからわからないけど。今度リリスちゃんに訊いてみよう。



結局何にも思い付かないまま朝を迎えてしまった。今日ばかりはどうして朝日は登ってくるんだろうなんて真剣に考えてもいい。朝御飯を摂った後、あまりの眠さにまた甲板で寝転んでいたら「朝っぱらから昼寝か?」とルークに注意された。眠い目を擦りながらルークの隣まで移動すると、ルークはなんだか嬉しそうなにはにかんだ。


「ルーク、今嬉しいの?」
「そりゃまあ、嬉しいかな」
「どうして?」
「信頼されてんのかなって思うとさ、なんか嬉しくなるだろ」



そう言ってまたルークは笑った。やはりそこに寂しさの影はない。わたしはなんとなく、漠然とこのモヤモヤを理解した。ルークの寂しさはきっと過去から生まれたものだ。だからどうやっても拭い去ることが出来ない。過去に受けた傷は、癒えるまでに時間がかかる。わたしはそっとルークの手を両手で包んだ。彼のすこし冷えた手のひらは、温めるには丁度いい。
 

「ルーク、」
「なんだよ」
「もう、寂しくないね」


ルークは昨日見たお月様のように目をまんまるくした後に、ふっと笑ってわたしの頭を撫でた。ぽかぽかと温かいのはきっと気候のせいだけではない。わたしはルークの中にある寂しさを埋めるようにぴったりと寄り添い、彼の灯火のような柔らかさと温もりを感じながら瞼を閉じる。どうかこのやさしい人が、もうこれ以上苦しむようなことがありませんように。


ミルフィーユ・ロマンス




110104 『酸素』様へ提出
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