リーマン×ヒモ?フリーター
オレの楽しみは週に一日あるかないかの完全な休日だった。家でダラダラしたり、家事をしたりで誰にも干渉されない日は忙殺されそうな日常の中での唯一心が安らぐ時間である。忙しい日の食事はインスタント食品だったりコンビニの弁当だったりと手軽に食べることができるものなのだがどうも味が悪い。手料理の方がおいしいのでこうしたオフには材料を買いに行く。寄ったのは都内にある自宅周辺のスーパーでなく少し離れた野菜の直売所だ。この野菜たちがまた新鮮でおいしい。今日も車でそこに行くことにした。
少し喉が渇いたのでたまたま目に入ったコンビニに駐車をする。入店して雑誌置き場に目をやりつつ目当ての飲料水コーナーへ向かう。水を取ろうとすると後ろから声をかけられた。
「ハルヒコ?」
「?」
振りかえると顔を覆うほどの大きめのサングラスをかけ、雑誌からでてきたような服を身にまとったオシャレな男だった。
「俺だよ」
サングラスを取るとそこには高校を共に過ごした見慣れた男だった。キョンだ。
「キョンか?」
「そうそう。どうしたんだよこんな所で」
「俺が聞きてーよ!うわ、偶然!」
久々に会った友人にテンションが上がって昼食を一緒に食べることにした。
「ファミレスなんて久しく入ってねーな」
「俺の家だ。くつろいでくれても構わない。」
「バカ」
一方的にオレの話をして、最後のライスの嚥下を終えて水を一気にのみこんでキョンを見つめる。こいつは今までなにをしていたんだろうか。気になる。
「お前なにやってんの?」
「んー、フリーター?」
「マジで?」
「フリーターなのか…ね?まぁバイトは時々。」
「生きてんの?」
「目の前の人間が死んでいるように見えるか?」
「目が死んでる」
「ばかやろう」
喉の奥でクックと笑うキョンは知らない人間に見えた。
「そうだな、ヒモやってる」
は?
組みなおした足が固まる。紐?ん、思考が働かない。
「女とか男に飼ってもらってる」
「…お前が?」
たいそうわかりやすい解説に首をかしげながら聞き返すとキョンがうなずいた。
「そうだ」
そうして自分がバイだと言い始めた。そんな事聞いたことないと言えば当たり前だ、今言ったんだからなと屈託のない笑顔を返される。この顔は学生時代俺の隣で何度も見たことがある笑顔だった。そう思うと今目の前にいる男が昔と変わらないオレの知っている男だと思えてきた。否、実際変わっていないのかもしれない。ただオレがこいつの事を知っていなかっただけなのか。高ぶっていた気持ちが急速に落ちていく。
「今は?」
「今は、捨てられた…からブラブラしてる。」
左手につけた腕時計の文字盤をなぞりながら言う。飼ってくれる人は多分見つかると思うから適当にすごしてるわ、と笑っている。俺の顔を見たキョンはビクッとして目を見開く。
「怒ってるのか?」
そういえば昔から奴はオレの気持ちに敏感だったな。理由はわからないけれど。
「怒ってねぇよ、別に」
「そうか…ならいい」
「…」
「…」
すっかり空気の悪くなった空間でオレは苦し紛れに紡いだ。
「じゃあオレんとこ来い」
「え?」
「どうせ帰る家なんてないんだろ?」
「いや、家はあるが…」
「お前がしっかりと自立するまで俺が飼ってやるよ」
「…同情か?」
自嘲気味に笑ったキョンの目は完全に冷え切っていた。
「ああ。社会からはみ出た落ちぶれ野郎に同情してな」
キョンに対抗してにらみ返してやると上等だといって頬杖とついた。冷え切った視線はそのままで。
(自然と出た言葉に、奴に対する同情なんてこれっぽっちもなかったが、今言って彼に伝わるとは思わなかった)
「じゃ、昼飯おごってな」
「…」
男はニヤリと笑って伝票を突き出した。