5$で抱いてやる | ナノ
マンホール下の住民
もう見慣れた氷帝学園の正門から中の様子を覗いていると、急に左右から肩を掴まれた。もしや警備員?知らない制服でここにいるのは確かに怪しいかもしれない。ひっと情けない声を上げながら上を見上げると、そこには丸眼鏡をかけたどう見ても私より怪しい人と、見上げても顔が見えないほど大きな人がいた。何なのだろうか、「ちょっと署まで来てもらおうか」とでも言われそうなこの状況は。

「ちょっとテニス部まで来てもらおうか」

あ、言われた。



「お嬢ちゃん、苗字さんやろ?」
「はあ、まあそうですけど。…テニス部の方ですか?」
「おん。この前は災難やったなあ。あ、俺は忍足侑士や」
「…樺地です」

ぼそりとそう言った口数の少なそうな男の子は、忍足くんによると跡部さんの付き人のような存在らしい。中学生に付き人がいる時代なのか。

「あの…」
「跡部に会いにきたんやろ?」
「…会いにきたというか、」
「まあまあ。…あそこにおるやろ?」

忍足くんが指差した場所には乱打を続ける宍戸くんと鳳くんや、無駄に動きが多いテニスをしている向日くんと日吉くん、ふらふらと何とか立っている様子の芥川くん、そして中心に立って皆を指揮する跡部さんの姿があった。彼らがテニスをしているところを見るのは初めてだ。
ここ数日で彼ら全員と対等に言葉を交わしてきたはずなのに、なぜだか目がいくのは跡部さんだった。それを見て…だかは知らないが、忍足くんが鼻で笑った。

「部活いつ終わるの?」
「…あ、跡部が試合始めるで」

答えによってはあんまり遅くやるようならその辺で時間をつぶしてこようと考えていたのだが、忍足くんは私の質問を無視しやがった。もうこいつには何も聞かない。樺地くんに聞く。
仕方なくもう一度コートに目をやると、ちょうど跡部さんがラケットを手にしたところであった。同時に、ギャラリーの女子たちが黄色い声を上げる。…当たり前のように説明しているけれど、私はこのような場面に遭遇するのは初めてだ。
世の中にはモテるモテないとか、彼女がいるいない関係なく異性を釘付けにする色男がいる。でもそれは普通テレビの中のアイドルのように、手の届かない存在だ。しかし跡部さんは手をうんと伸ばせば何とか届きそうな位置には存在しているのだ。だからこそ彼女たちは彼に夢中なのだろう。
でも私はどうだろう。氷帝学園の生徒でもそもそも中学生でもない私の手は果たして万に一つでも跡部さんに届くことはあるのだろうか。

「苗字さん。余計なこと考えたらあかんで。今は試合する跡部だけを見たってや」
「…え?」

私がいろいろと考え込んでいたのなんかお見通しのような忍足くんに、少々焦りを感じる。近頃の中学生ってみんなこんなに勘が良いものなのだろうか。
パコン、パコンとボールを打ち合う音が響く。対戦相手が誰かは知らないけれど跡部さんとの実力はどうやら雲泥の差があったらしく、程なくして「ゲームセット」とコールされた。
跡部さんの額にはきらりと汗が光っている。ギャラリーが途端にエキサイトし、対戦相手は真っ先に握手を求めに行った。…さて、これが自らをキングと豪語する跡部さんだ。私なんかとは違う世界で暮らしてる。



他の部員たちの試合を見ているうちに随分と時が過ぎたのか、すでに辺りは薄暗くなっている。私は少し前に忍足くんに連れられやってきた、この誰もいない部室のようなところで待たされていた。今テニス部の人たちは恐らく帰りのミーティング中だ。私はあくびを噛み殺しながらも気長に跡部さんを待ち続けた。それでも眠気には勝てそうにないため、いっそ寝てしまおうかとさえ思ったとき、突然人影が落ちてきた。


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