5$で抱いてやる | ナノ
学生服とジュラ紀
好きな食べ物は母の作るカボチャのスープ、趣味はカラオケ、月一のお小遣い日が何よりも楽しみな女子高生苗字名前です。そんな私が成金の集う(と思われる)パーティーに参加だなんて、冗談じゃない。きっとテーブルマナーがなってないとかなんとかで摘み出されるに違いない。そんな息苦しい空間にわざわざ自ら突っ込んでいく必要があろうか。



というわけで私はありったけの文句を胸に、氷帝学園中等部にやってきていた。放課後なのでしきりにキャメル色のブレザーを着た生徒たちが行き交っている。そんな中自校の制服のまま特攻する私はかなり目立っていると思われる。その証拠に先程から道行く生徒たちは皆ちらちらとこちらを振り返っていく。周りの珍しい物を見る目は耐えがたいが、それよりも私はパーティーの誘いを断ることの方が重要であると考えた。
正門に向かって歩いていると、ちらほらテニスバックを背負う少年達の姿が見られた。(君たちのせいでこんな目に合ったのよ)心の中で悪態をついていると、「あの」と控えめに声がかけられた。

「もしかして、電車でお会いしませんでした?」
「…え」
「あー、そういやどっかで…」

振り返るとそこには同じようにテニスバックを背負った二人の少年が立っていた。帽子をかぶった方の少年にはあまり覚えがないが、銀髪の背の高い少年には覚えがある。否、忘れるはずがない。

「あ、あのハンカチの…!」

そう言うと銀髪の彼は「やっぱり!」と言って私の両手を握ってきた。なんだか犬みたいだ。そうなるとこっちのお兄さんが飼い主か?なんて思って彼を見上げると、「悪かったな」とバツの悪そうな顔をしていた。どうやら二人はいい人そうだ。

「それでその、今日テニス部は…」
「今日は活動は休みです。俺と宍戸さんはこれから自主練ですけど」

その言葉に思わず私は肩を落としてしまった。せっかく勇気を出して乗り込んできたというのに、肝心の相手が欠場という何とも言い難い敗北感。

「テニス部に何か用ですか?なんなら伝言でも…」
「いや、そういうわけにも」
「…まさかジロー先輩にオトシマエつけにきたんじゃ…」

“オトシマエ”なんて、果たして今時の中学生が使う言葉だろうか。そこで帽子の方の男の子が彼の頭を小突いた。

「あ、そっか。この人跡部さんの…」
「バカ長太郎、余計なこと言うと跡部にしばかれんぞ」
「…?」
「せっかく来てもらったのに悪いが、出直してもらってもいいか?明日以降なら毎日部活もあるしよ」
「は、はあ」

跡部さんに物申そうとも、部活がないなら仕方がない。完全に無駄足になってしまったが、ハンカチの王子様(と帽子の兄ちゃん)と再会することができたし、これで帰りに私の最寄駅にはない大好きな洋服屋さんに寄ればまあ納得できるものにはなるだろう。最後にハンカチの王子様にもう一度お礼を言っておこう。

「あの、ハンカチ本当にありがとうございました。今度氷帝にくるときにお返ししますので」
「別に気にしなくていいのに。…名前聞いてもいいですか?あ、俺は2年の鳳長太郎って言います」
「俺は3年の宍戸亮。ジローの奴が迷惑かけてホント悪かった」
「本当にもう大丈夫ですから。…私は苗字名前です」
「名前さんかあ。…よし、これで跡部さんに名前…あいたっ」
「…あんまり口滑らすなよ長太郎」
「すみません」

どうやら二人の間には会ったばかりの私にはからきし感じ取れない深い信頼関係が築かれているようだった。その証拠に先ほどから私は彼らの会話にいまひとつついていけていない。跡部さんに会えず、結局洋服屋さんでも収穫を得ることのできなかった私は、とぼとぼと背中を丸めて帰路に着くのであった。


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