5$で抱いてやる | ナノ
とけるチョコレート
電車にテニスバックを背負った同年代の男の子たちが乗り合わせてきた。休日なのでそれほど車内は混み合っていなかったが、正直じゃまに感じてしまうのは私だけじゃないはずだ。更にその集団が私の隣の席に腰掛けてきて、同じ様に向かい側に座った子たちと会話をしているので騒がしい。

(…ああ、もう)

せっかく電車の中で読むのを楽しみしていた新刊の携帯小説にも集中できやしない。車両変えたいなあなんて思いながらも、一応文字を追いページをめくる作業だけは続けた。

「そういえばさー、ジロー今日ずっと起きてたよな」
「…そうだったか?」
「今日は立海との練習試合だったからな。久しぶりに面白い試合だったんじゃねえか?アーン」

彼らが隣にいるからであって、決して盗み聞きではないことを理解していただきたい。私の向かい側に座る何だか偉そうな人が、私の隣の金髪の男の子に尋ねると、その子は大きなあくびをかましてから「丸井くん天才的だったからね〜…」と言うや否や船を漕ぎ始めてしまった。変わった子だなあと内心思っていると、金髪が私の肩にもたれかかってきた。うわ、最悪。重い。今日はツイてない日だ。
すると、金髪の向こう側から手が伸びてきて、すっとその頭を私の肩から解放してくれた。同時に金髪ががくんと下を向いてしまったので、彼の右隣の(恐らく先程の手の持ち主だ)銀髪?の男の子と目が合ってしまった。私に気付いた彼は、『スミマセン』と苦笑いで小さく謝った。ちょっとキュンとしたのは内緒。

(それにしても…)

本を読むフリで、こっそりと向かい側に座る連中を見渡す。どうしてこうも美形揃いなんだ?テニスって女の子のスポーツじゃなかったのか、なんて私は考え方が古いのだろうか?



『次は〜○○〜○○〜』

間延びしたアナウンスで意識を取り戻した。どうやら知らない内に眠ってしまっていたようだ。今車掌さんが読み上げた駅名は、私が降りる駅の一つ前の駅だった。危うく寝過ごすところだった。

「…うっわ宍戸なに?いつの間にジュース買ってんだよずりーぞよこせ!」
「あっこら岳人あぶねえよこぼすだろ」
「俺も寝たら喉渇いたC〜!次ちょうだい〜!」

まだいたのかこいつらは。しかも眠りこけていた隣の金髪もばっちり覚醒していて、まるで別人のようなテンションでおかっぱの女の子?に絡みにいっていた。
はあ、とため息をつくと、今度は目の前に座る偉そうな人と目が合った。うわ目が青色だ。外人さんなのかな。彼の容姿はこの謎のイケメン集団の中でも一際際立っていた。…いや、容姿だけじゃなく雰囲気とか?気品の良さがにじみ出ている、なんて違いのわからないスーパー庶民の私が言えることではないかもしれないけれど。

「う、わっ」
「!?」
「「「あ」」」

突然、電車が急停止した。瞬間、隣の金髪が持っていた缶ジュースが彼の手元を離れて私の身体に綺麗に中身をぶちまけながら、からんと転がった。

『只今安全確認のため停車しております〜発車までもうしばらくお待ち下さい〜』

静まり返った空気の中、アナウンスだけがむなしく響き渡った。


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