光る町 車を降り敷地内に踏み込むと、そこは一個人の所有物だとは思えない物であふれかえっていた。やはりどう考えても私は場違いだ。本気で引き返すことも考えたが、おかっぱの彼にせっかくあんなに世話を焼いてもらったのに、その好意を無下にするわけにはいかない。…結局また彼の名前を聞くのを忘れていたのだが、いい人だったというだけで十分だ。 広大な庭園を抜けると、いよいよその豪華絢爛な建造物が近づいてきた。門の前には何やら警備員のような人が立っていて尻込みしたのだが、私の顔を見ると彼らはすぐに門を開けてくれた。…いつのまに顔パスが効くようになっている。 「苗字様でしょうか?」 突然声をかけられて振り向くと、シックなメイド服に身を包んだ女性が二人佇んでいた。やはり跡部邸では私の顔と名前が割れているらしい。 「そうですけど…」 「わざわざお越しいただきありがとうございます。お着替えをしていただくスペースをご用意したのですが」 「そのドレス、着ていただけますでしょうか」 「あ…」 すっかり失念していたが、ドレスを持ってきていたんだった。今の自分の格好を見下ろすが、さすがにこの服装でパーティーに参加するわけにはいかない。ここは素直に彼女らに従った方がいい。私が頷くと、離れのような(それでも十分大きいが)建物に案内された。 ◆ 「…あ、あのもう大丈夫です。ありがとうございます」 全身鏡で自分の姿をしつこく確認し終え、扉を開ける。 「まあ素敵…」 「とってもお似合いです…」 「え、いやいや」 普段こんなに手放しで褒められることがないので、調子が狂う。 「景吾坊ちゃまもきっとそう思いますわ」 「お坊ちゃま…」 「さあ、早くお坊ちゃまのところへ」 …跡部さんって家ではお坊ちゃまって呼ばれてるんだ…。そんなくだらない感想はさておき、私はやたら歩くスピードが速いメイドさんたちの後ろを必死に着いていった。 ◆ 同じようにして建物内への扉も、同じようにえんび服を着こなした男の人が開けてくれた。 その重たそうな扉が彼らの手によってゆっくりと開いていくと、ぱあっと明るい中の照明が私を照らし出した。が、想像していたような光景はそこにはなかった。 「あ、あれ…?」 思わずデジャヴを感じた。これは、跡部さんとあの地元のショッピングモールに入ったときと同じような光景だ。ただパーティーだけが完成されていて、客の姿がない。 …誰も来てくれなかった、なんてことは万に一つでもないだろう。なんたって跡部さんの人望の厚さはここ数日間で嫌という程に見せつけられてきたのだから。 「苗字」 名前を呼んでその方向を向くと、上品に着飾った跡部さんがこちらに向かってきているところだった。私はじっとその目を見つめた。 「よく来たな」 「…あの、他のお客さんたちは…」 慎重に辺りを見回しながら私がそう尋ねると、跡部さんはいつかと同じように笑った。 「俺がいつ、他の奴も誘ったなんて言ったんだ」 「………え」 「つまり貸し切りだ」 …驚きの顔を隠せない。しかし記憶を辿ってみたが確かに彼は“パーティー”に参加しろと言っていただけであった。だが誰がこんな状況を想像するだろうか。やっぱりキングはスケールが違う。 しばらく百面相をしていたであろう私を跡部さんは鼻で笑うと、 「俺がお前だけのために開いたパーティーだ。存分に楽しめよ」 なんて言って無理矢理ワイングラスを押し付けてきた。ショッピングモールなんかよりも数倍明るいこの空間に、くらくらした。 0608 |