5$で抱いてやる | ナノ
ヒロインに進化
ぼんやりと休日を過ごした私は、いよいよ迫りくる日曜日という存在を億劫に思っていた。少しゆっくりめの朝飯のメニューを眺めていると、自分でもよく食べるなあなんて、勝手に落ち込んだりもした。まあ成長期だし、食欲旺盛なのは健康の証だ。あーあ、いっそ朝起きて身体がだるかったりしたら良かったのに。そうしたらもっともな理由でパーティーを欠席することができる。
ハーブティーが寝ぼけた頭を冴え渡らせた。…そうだ、仮病を使えば済む話じゃないか。いくら俺様と言えど、病人にパーティ参加を強いるような真似はしないと信じたい。

「…なんか本当に頭痛くなってきたかも」

親にその旨を伝えると、私は自分の部屋で布団にくるまった。



どのくらいの時間が経過したかはわからないが、結構深く眠ってしまっていたようだ。身体を起こすと、先程までの怠さはすでに消えていた。枕元に置いてある携帯のサブディスプレイには「16:50」と表示されていた。幸か不幸か、それは約束の時間帯であった。

遠くでピーンポーンとチャイムの鳴る音が聞こえた。こっそりカーテンの隙間から外を覗くと、閑静な住宅街には不釣り合いな高級車が一台乗りつけていた。
バタバタと慌ただしく階段を上る音から、母が驚愕しているのは想像に容易い。部屋のドアを忙しなく叩かれたが、寝たふりで返事をせずにいるとしばらくしてそれは止んだ。

もう一度、恐る恐るカーテンの隙間から顔を覗かせると、たまたま上を見上げていた跡部さんとばっちり目が合ってしまった。

(び、びっくりした…)

慌てて引っ込んだけれど、間違いなく彼も私の存在を認識していただろう。けど、それよりも何よりも私を見ていたときの表情が見たこともないような表情で。

(何であんな顔するのよ…)

ふらふらと力が抜けて、座り込んでしまう。でもそれはもちろん身体の調子が悪いからなんて理由ではない。途端に自分のしたことにひどく罪悪感を感じてきてしまって、ほとんど何も考えずに部屋を飛び出した。ベッドの横にあったあのショップ袋を抱えて。



リビングに駆け降りると母が色々言っていたけれど、私の身を案じる言葉に「大丈夫!」とだけ返事して、玄関の扉に飛びついた。
道路に出ると、すでに黒い車の姿はなかった。それでも突き当たりで右に曲がるのを目撃して、追いつくはずもないのに私は走った。
普段ろくに運動をしていなかった身体は思うように動かなかった。すぐに息が切れて減速し、ついに脚が動かなくなった。
膝に手を置いて激しく息をついていると、四人乗りの真っ白な車が私の前に停車した。ハテナマークを浮かべていると、後部席の窓が開いた。

「乗りなよ。パーティー行くんでしょ?」
「え?」

そこから顔を覗かせたのは、私が部室で跡部さんを待っていたあの日、出会った男の子で間違いなかった。

「…あ、あのでも」
「いいから早く!跡部を追ってるんでしょ?」
「うわっ」

ぐいっと腕を引かれ、強引に車内へ引きずり込まれた。この人、意外と力あるんだな。
私を乗せるとすぐに車は急発進した。私は何か言おうとしたのだが、先程まで全速力で走っていたせいで息を荒げることしかできなかった。そんな私を見て隣に座るその男の子は笑いながらペットボトルを差し出してくれた。
冷たい水が喉を通ると、ようやく落ち着いて話せるようになった。

「行き先は跡部の家で合ってるよね?」
「じ、自分でもよくわからないんです。何で追いかけてたのか」
「…でもこんなに素敵なドレスを持ってるじゃないか」
「あ、これは跡部さんが」
「跡部が?やるねー」

そう言うと彼は私とドレスを何度も見比べて、それから自分のかばんをあさり始めた。

「髪やってあげる」
「え?い、いいんですか?」
「もちろん。…綺麗な髪だね」

鏡を持たされた私は、そんな褒め言葉に対応することができなかった。なぜなら彼がまるで魔法を使ったかのようにあまりにも私の髪を綺麗にまとめあげたからだ。隠しピンをさす彼を鏡越しで見ながら、私はただただ感心していた。

「完成」
「…すごい」

複雑に編みこまれたその髪は簡単には崩れなさそうだ。ぜひやり方を教えてもらいたいところである。

「さあ、お姫様になっておいで」

そう言って彼が指差す方向を見ると、まるで宮殿のような立派な建物がその存在を主張していた。


0604