「お願いがあるの」と真剣な表情で苗字は言った。もう亡くなってしまったこの少女のためにも、少女の死を振り切ろうともがく友人のためにも、自分にできることはするつもりだった。 「長太郎にね、私の想いを伝えてほしいんだ」 「…、それは…」 人の告白を代行すること以上に愚かなことはあるのだろうか。しかし今にも消えてしまいそうな苗字には鳳に自らの口で言葉を伝えることなどできない。だから俺は苦い思いでその頼みを引き受けた。今まで俺たちを全力でサポートしてくれた愛しいマネージャーのために、俺は伝書鳩になろう。 ◆ 「鳳、ちょっといいか」 苗字から伝えられた言葉の一字一句だって忘れてしまわないように、慎重に胸の中に取り込んだつもりだった。 「…何かあったの?日吉」 鳳はすごく敏感な奴だった。無表情で近付いていったはずなのに、きっと何かいつもと雰囲気を感じ取られてしまったんだろう。俺はもう一度拳を握りしめると、隣で不安そうに鳳を見つめる苗字の横顔を盗み見た。 『長太郎、こんなことになっちゃって本当にごめんなさい』 「苗字が、」 「……」 その名前を出した瞬間、鳳の表情が緊迫したものに変わった。 「いや、まず最初に言っておく。俺には、苗字が見える」 「、は…?」 鳳の目が大きく見開かれた。隣にいる苗字も息を呑む。 「何、言ってるの?日吉。名前はもういないんだよ」 「本当だ。それで、彼女はお前にこんなことになって、」 『っ長太郎!!』 がくんと景色が揺らめいて、苗字の叫びで鳳に胸倉を掴まれていることに気付いた。 「日吉はそういうの面白半分でやってるのかもしれないけど、名前を冒涜するのだけは許さない」 『長、太郎…』 鳳の手に力が込められる。俺は殴られるのかもしれない。なぜだ?こいつらのために尽力しようと決めた俺がなぜ、こんな目に。ふりかかる衝撃に備えて目をつむったときだった。 「あっれー日吉と鳳、こんなとこで何やってるの〜?」 「芥川さん…」 突然の第三者の登場に、鳳も平静さを取り戻したようで、胸倉にかかっていた手がゆらりと下ろされた。 「…頼むからもうあんなこと言わないでくれよ。日吉のこと信用してたのに」 「……悪かった」 『違うの長太郎っ』 「後でアルバムも返してほしい」 そう言い残して立ち去った鳳を芥川さんは不思議そうな目で見ていた。…もうやってられない。そうだ苗字はもう死んだんだ。今更こいつの想いを鳳に伝えたところで何になる? 『…あのっ日吉くんごめんなさい。こんなつもりじゃ…』 悲痛な声で訴えつづける苗字の声は聞こえないふりをした。…謝罪の言葉なんて、聞きたくなかった。 0405 |