天までつづく梯子 | ナノ
気付くと俺は自分の部屋のベッドの上に横たわっていた。慌てて起き上がり辺りを見回すけれど、壁にかけられた二分ほど時間のずれた時計も小学生の頃から使っている勉強机も確かに俺の部屋の住民たちであった。
ただ夢を見て目を覚ましただけのようには感じられないのはなぜだろうか。とっても幸せな夢だったはずなのに。しかしどうしても夢の内容は思い出せない。でも、夢って案外そんなもん。特に気にすることはないだろう。…そこで俺ははっとする。

「アルバムが…ない…?」

確かに両手にアルバムの感触を感じながら眠りについたはずなのに。部屋中を探し回ったけれど一向に見つかる気配はない。そんなことをやっているうちに遅刻しそうになっていたので、慌てて支度をし家を出た。



朝練中、気になったのが日吉の態度だ。あんなことがあったからただでさえ日吉の様子は気にかけていたのだが、これはどう考えてもおかしい。辺りをしきりにきょろきょろと見回し何かを探しているような様子に、先輩たちが何を探しているのか尋ねても特に答える様子もなく。

「日吉、どうかした?」
「………鳳」

声をかけると、日吉はこちらを振り向きじっと俺の目を見つめた。

「探し物?手伝うよ」
「…いや、大丈夫だ」
「…このあいだはごめん」
「……俺の方こそ変なこと言って悪かった」

とりあえず日吉にこのあいだの行き過ぎた行為を詫びることができたので良かった。

「俺を元気づけようとしてくれたんだろ?」
「…まあ、な」

何となくバツの悪そうな日吉を見て笑いが込み上げてくる。

「でも、もう大丈夫。全部置いてきたから」

そう言うと日吉は俺を訝しんだが、敢えて詳しくは語らなかった。俺自身だってあの不思議な現象についてまだよくわかっていない。ただ、あれは神様がくれたチャンスだったんだと思ってる。
死んだ人間には決して会えないという自然の摂理をぶち壊してまで俺に巡ってきた奇跡だ。無駄にしてはいないはず。名前に会えて思わず涙さえ溢れた。

そう、俺は置いてきた。あのずっしりとした重量感のあるアルバムと共に、名前への気持ちも全部置いてきた。こっちに置いておいたら寂しくて耐えられないから、今度会うときまで預かっていてくれないか。
俺は大丈夫。アルバムの感触も名前を抱きしめた感触も、この手にしっかりと残っている。だから、大丈夫。まだやれる。



部活終わりの暗い空を仰ぎながら、俺は考える。あの空間はいわゆる天国へのゲートのようなものなのかもしれない、と。そして今きみは登っているだろうか。天までつづく梯子を。


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