君は脳みそを使って考えたことがあるのかい? | ナノ
苗字のために無理やり嘘をつくジロくん。そんなジロくんに困惑する苗字の顔。あれ以上見ていられなくなって咄嗟に逃げてきてしまった。
もうやだ消えたい消えたい消えたい。こんな思い切ったことをした以上は絶対にボロは出さねえって思ってたのに。ジロくんは鈍そうだから気付いてないかもしれないけど、もしかしたら苗字にはばれてるかもしれない。マジ明日から学校行けねえよ。もっとさ全部がうまくいくはずだったのにさ。

「ま、るい」
「!」

ぐいっと重心が後ろに傾いた。つられて後ろを見ると、わずかに息を弾ませた苗字がいた。なんでこいつがここにいるんだよ。まさか俺を追いかけてきたのか?

「いきなり出て行かないでよ…ジロくんもびっくりして、」

“ジロくん゛こいつの口がそう動いた瞬間、俺は街中なのも忘れて苗字を腕の中に閉じ込めた。
ずっとこうしたいと思ってた。でも馬鹿な俺は気付けば苗字とはただの友達みたいになっちまってたし、挙げ句の果てにぽっと出てきたジロくんに取られそうになってるし、そんな二人をこんな方法でしか邪魔できないし。…なあ、俺もう逃げらんねえよな?したら教えてやるよ。
肩越しで挙動不審になっている苗字の鼻先に俺の携帯を突き出した。ほら、見ろよ。

「…これ俺だから」
「………は?」



近すぎてぼやけてしまいそうなその液晶画面を目を細めたりしながら何とか見る。そこには私がジロくんに送ったはずのメールがずらりと並んでいた。

「何で丸井が私のメールを…」
「…苗字、マジごめん」

ぱたりと丸井の携帯が閉じられて、さっきより強く抱きしめられた。周りの視線が気になるところだが、幸い立海生の姿は今のところない。(丸井はアイドルみたいだからもしこんなところを見られたら明日は無いだろう)
それよりも丸井はさっきから一体どうしてしまったんだろうか。いつもの丸井と180度違う姿に、なぜだか私まで謝りたくなってきた。

「もう絶対こんなことしねえから」
「こんなことって…」

彼は何に対して謝っているの?アドレスを教えていないはずなのに私のメールをもっているのはなぜ?ずっとメールしてたのにジロくんが私のことを知らなかったのは…。他にもここ最近でおかしいなと思うことがたくさんあった。これらの欠落したパーツは、一体どこにはまる?……まさか、

「…丸井、だったの?」
「………ああ」

一つだけ、一つだけ嫌な想像をしてしまった。でもそれが正しければすべての疑問は晴れる。そして何より今、彼が頷いたことによりその答えは白日の下へと導き出された。ああ何だ今まで私が勝手に恋していたのは、芥川慈郎なんかじゃなかったんだ。
すとん、と身体から力が抜けたけれど、丸井に抱きしめられていたため座り込んでしまうことはなかった。

「…最初から?」
「ああ」

私が丸井のアドレスを知らなかったんだから、簡単なことだ。それをジロくんのアドレスだって偽って送信したって、私にはわからない。今回こうして二人に遭遇したことは本当に稀なことで、普通なら私はもうジロくんに偶然会うことなんてないんだから、そのままうまくいく。
でも一つだけわからないことがあった。それは、どうして丸井がこんなことをしたのかということ。

「じゃあ、何で?」
「…それは、」

次の瞬間から、私は丸井の口から語られるもう一つの真実を知ることになる。



0303

…わかりづらいような。