君は脳みそを使って考えたことがあるのかい? | ナノ
ついについに理数のカミサマが降臨なさったのは、「そろそろ真剣にやらねえと俺ん家泊まることになるぜ」と私が丸井に脅され泣く泣くジロくんとの会話をやめにしたときからそんなに時間の経っていない頃だった。

「のりちゃん、待ってたよ〜!!」
「はいはい。…げ、全然進んでないし」
「これでも一生懸命やってんだよ!ジャッカルが」

ジャッカルくんと同じクラスののりちゃんとは、一年の頃からの付き合いだ。そんな彼女の登場で、課題は急ピッチでフィニッシュへと近づいていった。
登場から10分ほどが経ってやっと謎の人物=ジロくんの存在に気付いたのりちゃんに丸井が事のいきさつを説明すると、「じゃあ余計はやく終わらせなくちゃね」と腕をまくった。頼もしい友人をもって何よりです。



「…終わったぜ!」
「完璧ね!」
「天才的だろぃ」
「……なんで私だけ終わってないのかな」

私より遅く始めたはずののりちゃんがもう完成させているのが永遠の謎だ。さすが理数のカミサマ。でももう簡単な計算問題だけだし、教えてあげることもないからと言ってのりちゃんとジャッカルくんは帰っていった。勝ち組の余裕恐るべし。
丸井の部屋をお借りしている以上、私が終わらない限り丸井もテニスなんて行けないから待っててもらっている。ほんとスミマセン。どうせジロくんが覚醒するのを待たなきゃいけないから構わないらしいけれど。

「…そこちがくね?」
「えっ、あホントだ」

数学が苦手なはずの丸井に指摘されひそかにショックを受けながらも、いよいよラストの問題に差し掛かっていた。そしてついに。

「終わった…!」
「時間かかりすぎだろぃ」
「いいでしょ!あ、ほらジロくん起きたよ」

タイミングばっちり。ベッドの方を見ると思いっきり伸びをしているジロ君の姿があった。

「おおジロくんおまたせ。ユニフォームに着替えて」
「ふああ〜…わかったー」

自分のクロゼットからジャージやらタオルやらを引きずり出しながら丸井が言う。
あんなに数学にひいひい言わされてたくせにテニスする元気はあるんだなあなんて思いながら、私も帰りの支度をする。

「…オイオイここで着替えンなよ苗字もいるんだから」
「Aー…じゃあどこで着替えるんだよー」
「トイレ貸してやる」

ベルトのバックルを外し今まさにズボンを脱ぎますみたいな体勢のまま、丸井に咎められたジロ君のほっぺたが膨らむ。ジロくんが気にしないなら別に私は構わないんだけど。なんて言おうとしたけれど何だか着替えを見たがっているみたいで変態っぽいから黙っていた。しぶしぶ部屋を出ようとしていたジロくんがふとこちらを振り返る。

「じゃあこれで名前ちゃんともお別れじゃん」

ああそっか私はもう今日は帰るし、学校の違うジロくんにはめったに会わないのか。せっかく仲良くなったのにな。

「あっ、じゃあさ丸井くん後で名前ちゃんに俺のメアド教えといて!!」
「…わかったわかった早く着替えてこいよ」
「じゃねー!メール待ってるから!!あ、丸井くんもはやく準備してね!俺もう待てないよ〜」
「ハイハイ」

慌ただしく階段を降りて行ったジロくんは、実は丸井のアドレスも知らないのだと言う暇を与えてくれなかった。…まあいっか。現代には赤外線という便利な機能があるし。私が丸井のアドレスを知らなくてもジロくんのアドレスは教えてもらうことができる。
静かになった部屋の中でとりあえずジロくんの言う通りにしよう、と丸井の携帯から私の携帯に赤外線で「芥川慈郎」が送信されてきた。画面に表示されたディジタルの文字が妙に愛おしい。



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