「もうわっかんねえよ!!!」 バーンっとテキストを床にたたきつけた丸井。コップに注がれたジュースが危なっかしく波打つ。そしてそのままシャープペンシルではなくポテトチップスの袋に向かう手。理数系がいないこのメンツではたった一問解くのにも考えは堂々巡りし、一向にページが進まない。唯一の希望は先ほど丸井に届いたメールで堂々と遅刻を宣言した私の友人(ちなみにバリバリの理数系)の到着を待つのみである。 あまりにも進まないので私もなんだか飽きてきてしまった。テキストとにらめっこしながら必死に問5とたたかうジャッカルくんには悪いが、少し休憩しよう。席を立ち、集中するためにベッド周辺に隔離した携帯のもとへと向かう。 「あ」 約束をすっぽかされた上にベッドに寝転がって以来放置されていた可哀想な丸井の友人ジロくんがぱっちりと目を開けていた。勉強会が始まってから一言も声を発さなかったため、てっきりずっと寝てると思っていたから驚いた。 近づいてきた私に気付きゆっくりと身体を起こす。…起こしちゃった、のかな? 「ねえねえ、キミって丸井くんの彼女ー?」 「…は!?」 「違うよ、クラスメート」 彼の口からそんな言葉が飛び出すとは思ってもみなかったけれど、それよりもジャッカルくんに向かい合ってポテチをむさぼっていた丸井がすっとんきょうな声を上げたことにも驚く。 どこをどう見ていたら私たちが付き合っているように見えるのだろうか。たまたま同じクラスで席が近くて課題が終わっていなかったというだけのうすっぺらい関係の私たちが。それでもジロくんは私の答えを聞いて「A〜そうなのー?」なんて、なんだか残念そうだ。 「ねえねえ、名前なんて言うの?」 「あ、えっと苗字名前デス」 急にテンションの上がったジロくんに戸惑いながらも答えると、あのきらっきらのエンジェルスマイルで「えへへ、名前ちゃんよろしくねー」と手を握られた。 「(か、かわっ…)」 「俺、芥川慈郎。ジローでいいよ!」 「え、えとジロ君よろしくね」 ずっと頭の中で勝手にジロくんジロくんと呼んでしまっていたので今更な気がするけど、本人の許可ももらえたことだしこれからは遠慮なくジロくんと呼ばせてもらうことにした。それに苗字知らなかったし。(ジャッカルくんが一回言ってた気がするけど)芥川って、すごい苗字だなーなんて思ってたら、ジロくんが「名前ちゃんとお話したい」とかかわいいこと言うので思わず抱きしめたくなったけれど我慢。 ◆ 「ぎゃはは!!も、もうやめてよ!!!」 「跡部ってマジすごいやつだよなー!」 その後しばらくジロくんと静かに会話を続けていたはずだったのだが、話のネタが彼の所属するテニス部へ、さらにその部長のアトベさんに変わった瞬間、私の腹筋はジロくんによって何度壊滅させられそうになったことか。向こうで未だに課題に取り組む真面目なジャッカルくんと一人お菓子パーティー状態の丸井はアトベさんとやらを知っているのか、しかし「ジロくんの話だとまるで別人にしか聞こえないんだけど…」なんて言ってる。 それもそう、普段のアトベさんはテニス部部長であり生徒会長として学園の頂点に君臨し、美形で御曹司というスペックの高さ、ナルシストなのももはや魅力の一部という超完璧人間らしいのだが、ジロくんのアトベさん武勇伝を聞く限りはどうしてもそのイメージとは結びつけ辛い。 一番すごかったのはあれだ。アトベさんが間違えて日曜日に学校来ちゃった話。それを聞いたときは本当に笑いすぎて腹筋割れたかと思った。 しかもジロくんになんでそれ知ってるの?って聞いたら、ジロくんも間違えて学校来てたからなんだって!かわいい!でもアトベさんのその言葉で日曜日だったことに気付いたって言うんだから、馬鹿にしてないで感謝するべきだと思うよ。 「名前ちゃんいっぱい笑ってくれるからうれC」 「だってジロくんの話おもしろすぎる…!」 課題やらなきゃなんて頭の片隅で思いつつも、身体はなかなかジロ君から離れようとしないから困ったものだ。 0118 |