君は脳みそを使って考えたことがあるのかい? | ナノ
「……誰?」

「飲み物取ってくるから先部屋行ってて」と言う丸井のお言葉に甘えて彼の部屋の扉を開けると、なんと人が死んでいた。反射的に悲鳴を上げそうになったけれど、思いっきりいびきをかいていたのでとりあえず死んではいなかったことに気付く。よかった。
一安心するのも束の間、疑問が次々と浮かんでくる。あたかもそこが自分の部屋であるかのように丸井の部屋で堂々と眠りこけるこの男の子は、誰。見慣れない制服は立海の生徒ではないという確固たる証拠。少なくとも今日この丸井宅で開催される勉強会に参加するメンバーではなさそう。それでも丸井の家にいるということは、彼の知り合いなんだろうか。…決して変質者が紛れ込んでいるわけではないとそう必死に思い込んだ。
少年は今もなお気持ちよさそうに丸井のベッドで眠りこんでいる。ふわふわの金髪がまぶしい。…あ、よだれ垂れてる。丸井のベッドなのに。

「苗字、はやいな」
「ジャッカルくん。あの、この人…」
「……氷帝の芥川がなんでこんなところにいるんだ?」

本日の勉強会の参加者のうちの一人、ジャッカルくんが私につづいて丸井家に到着した。開けっ放しだった扉の向こう側から謎の少年に気付いて首をかしげている。おおよそ部屋に行くついでにと丸井に持たされたのであろう、2リットルのペットボトルとコップ四つがローテーブルに置かれた。

「…知り合い?」
「あー…俺の知り合いじゃなくてブン太の…」

そこまで言ったところで、バタバタと慌ただしく階段を上がる音がして、気付いたら丸井が大量のお菓子を抱えて戻ってきていた。なんだかお菓子パーティーでも始まりそうな雰囲気だが、あくまでも今日ここで開かれるのは勉強会だ。
そんなことよりも、私は見知らぬ少年の存在が気になって仕方がない。ひょいひょいとジャッカルが彼を指差すと、丸井が目を丸くした。

「な、なんでジロくんがいんだ?…あれ?俺今日約束、した…?あれ?」
「…お前なあ」

これがもし丸井の彼女と浮気相手とかだったらそれはそれは恐ろしい修羅場になること間違いなしだ。当の本人はと言えば「やっちまったぜ」とか言いながらも早速お菓子の袋を開け始めているもんだから、ジャッカルくんも怒りを通り越して呆れかえってしまっている。
一方私は丸井に呆れるほど親しくはないので、早く勉強会を始めて課題を終わらせてしまいたいというのが本音だ。うんそうだ早く始めようとスクールバッグに手を伸ばした瞬間、けたたましい電子音が鳴り響いた。それだけでは飽きたらず、ベッドの上で充電器に繋がれたままの丸井の携帯(たぶん)が振動を繰り返す。その音と振動に、今まで起きる気配を見せなかったそのヒョーテーのなんとか君がついに目を覚ましてしまったのだ。

「よ、よおジロくん。なんで俺の部屋にいんの?」
「…おばさんが入れてくれた」

低ーいテンションでそう答えた少年の次の行動を気にしつつも着信を知らせた携帯が気になるのか、丸井がベッドの方へ足を進めた途端半開きだった少年の目がカッと見開き、ベッドのスプリングが壊れるんじゃないかと思うほどの勢いで飛び起きた。…さっきはまだ寝ぼけてたのかな。

「うっお!!丸井くんじゃん!!4時に待ち合わせだったのにまだ帰ってきてないって言うから、俺ずっと待ってたんだよ!」
「お、おおごめんジロくん」
「Eから早くテニスしに行こうぜ!!」

興奮気味に話すジロくんとやらに苦笑いを返す丸井。丸井も今テニスしに行ってしまうと明日までの課題を完成できなくなってしまうと感じているのだろう。可哀相だけど、丸井にとっても私たちにとっても優先すべきはテニスではなく課題であった。
そんなことを要約しながらも伝え終え、課題が終わってからテニスをするとこじつけられたジロくんは、そんな不条理な約束にもふにゃりと笑って了承してみせた。
丸井とお互いタメ口で話しているのを見ると、彼も同い年なんだろう。私の知る男の子の中にはこういうタイプの子はいなかったから、少しだけ彼に興味がわいた。なんせ丸井に笑いかけながら嬉しそうに話す彼は(男がこれを言われてもいい気はしないと丸井は言っていたが、)この上なく可愛らしいのであった。


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