NINETEEN SUMMER | ナノ
「先輩って、彼氏とかつくらないんですか?」

後輩マネージャーの通称“イケ”が唐突に話題を振ってきた。普段ならおしゃべりしてる暇があったら手を動かせと一喝するところだが、あいにく現在私たちマネージャーの仕事と呼べる仕事はなく、手持ち無沙汰になった挙句適当にグラウンドの草むしりをしていたところだったからだ。

「…欲しいと思わないなあ」
「え〜、先輩そこそこモテるのにもったいないですよ」

「そこそこ」という表現が非常に彼女らしい。先輩相手にも怯むことなく本音でブツかってくる。素晴らしい度胸の持ち主であり私も好感を持っている。
その誰にでも平等に接する正直さと持ち前の美貌で、イケは非常に人気が高い。それは外部からはもちろん、野球部内でもその傾向が見られる。確かに私がもし野球部員だったら彼女のように可愛くて仕事もでき、その上話もしやすいマネージャーに真っ先に頼るだろう。
そのためそんな彼女のものさしで私の恋愛事情に口を出されても困ってしまうというのが本音だ。

「いやいや、イケみたいにモテたら彼氏の一人や二人、すぐにつくるんだけどねー」

なんて軽い冗談で流そうと笑いかけると、彼女は普段ほとんど見ることができないような非常に暗い表情をしていた。

「…何かあった?」

色々言ったが彼女は私にとってかわいい後輩である。彼女が落ち込んでいればぜひ相談にのってあげたい。…悩める姿もお美しい。

「私…フられたんです」
「だ、誰に?!」

つい大声を出してしまったが、それほどまでにこの事態はいただけない。先ほども言ったが彼女は非常にモテるのだ。先輩マネージャーが自信をもって推薦しよう。そのため、その彼女をフった相手というのがどれほどまでの男なのか、非常に気になる。というか許さん。
イケはゆっくりと片手をあげ、茂みの方を指さした。彼女の指さす方向へ視線を向けると、そこには、ヒトのような塊が横たわっていた。

「あ、あの、あれは…」
「じろーせんぱい…メアドもゲットして、名前で呼び合う仲にまでなったのに…」
「ジローって…」

「ジロー」という名前に私は確かに聞き覚えがある。ていうかさっき聞いた。それにあんな青草生い茂るところで昼間から眠りこけるような人間は、この氷帝学園に彼以外存在しない。間違いない。

「イケー!ちょっといいかー」
「あ、は〜い」

野球部員の誰かに呼び出されたので、彼女は腰を上げると「先輩、草むしり頑張ってくださいね、あと恋も」なんて余計なことを言って可愛らしく走り去っていった。むかつく。けど憎めない奴め。私は彼女が好きだ。
でも、今だって野球部員に呼ばれたのは私ではなくイケだ。経験も一年上の私ではなく、選ばれたのは彼女なのだ。私は彼女が好きだが、同時に彼女に対するコンプレックスを抱いているのかもしれない。馬鹿馬鹿しいなあ、と自嘲する。彼女のような華やかな女の子と私が同じ土俵に立てるわけもないのに。

相も変わらず草をむしり続けていると、ずいぶんとグラウンドが綺麗になっていることに気付いて、達成感に満たされた。誰かに褒めてもらいたいわけじゃない。自分の満足感と、少しでも選手の快適さに繋がれば、と始めたマネージャー業だが、どうやら私の性に合っているようだった。
イケが太陽の光を浴びてすくすく成長するヒマワリだとしたら、私は雑草だ。人知れずアスファルトに芽吹き、それでも養分を蓄え成長する。…今現在雑草を刈っているわけだから、このたとえには少々違和感を感じるが。
でも、雑草でもかまわない。雑草だってきっと何かの役に立っているはずさ。そうだよね?と抜いた雑草に心の中で話しかけるも、やはり説得力がないことに関してはもう気にしないことにした。


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