NINETEEN SUMMER | ナノ
大変だ!日陰に置いてあったはずのボールが気持ち良さそうに日光浴してる!日が昇るにつれて木陰すらも失われていくようすに唖然としつつも、私はすぐに大量の硬球が積まれたカゴの救出に向かった。



そのカゴを持ち上げると、すぐ近くに芥川くんが寝っころがっていることに気付いた。彼のいる場所は現在ギリギリ日陰になっているが、もう少し経てばそこも直射日光が当たるようになるだろう。そんな場所で寝たいたら熱中症確実だろう。それ以前に講習はどうしたんだろう…。なんて考えているうちに、手元のカゴへの注意力が散漫になっていたらしい。

「あっ」
「…うわっ!な、なんだ〜?」

まずい、と思ったときにはもう遅い。ぐらりとカゴが傾き、中に入っていた大量の硬球が芥川くんめがけて転がっていってしまったのだ。

「ご、ごめん…!」
「いってぇ…」

ゴンゴンとボールが直下してきたあたりをさすりながら、芥川くんはようやくその重たい瞼を開いたのであった。

「…苗字さん。こんなとこで何してんの〜?」

相変わらずのんきな芥川くんに、私は内心頭を抱えた。ボールをぶつけといて何だけれど、思わず素直にこう言ってしまう。

「そ、それはこっちの台詞なんだけど…。芥川くん、補習じゃなかったの?」

そう言うと、芥川くんはへらへらと笑った。こういう風に笑う人を、私はあまり好きじゃない。

「どうせ遅刻だったC〜、メンドクなっちった」

ほらね、あの笑い方をする人間っていうのは、大概いい加減なやつなんだ。私は変に真面目なのかしらないけれど、そうやってへらへらして生きてきたやつなんかを見ると、とてもむずむずする。
…もしかしたら、嫉妬なのかもしれないけれど。私はこうやって堅実に仕事をこなしていくことでしか、居場所を作ることができないから。何もしなくても周りに人が集まってくるような人間ー目の前のこの男や、ましてやイケのようなーを、少なからず妬んでしまっているのかもしれない。

(…とんだ逆恨みだ。嫌なやつ)

勝手に自己嫌悪に陥った私を、芥川くんは不思議そうな目で見つめていた。そして、おもむろに口を開いた。

「ねえ苗字さん、今ってお仕事中だった?」
「そりゃ、そうだよ」
「苗字さんたった一人で?」
「私はマネージャーだもん。皆は向こうで練習してるよ」
「他のマネージャーは?皆、選手の方に行ってるの?」
「…まあ、そうだけど」
「何で?」
「、」

芥川くんは、まるで何も知らない子どものように私に質問を繰り返した。最初は投げやりに答えていたのだが、なぜだか徐々に答え辛い質問になっていって、とうとう最後の質問に私は答えることができなかった。
いや、答えが見つからなかったわけじゃない。ただ、その言葉を口にしたくなかった。

(私は呼ばれなかったから、だなんて)

芥川くんはなおじっと私を見つめている。居心地が悪くなって視線を逸らすと、さっきこぼしたボールが広いグラウンドにてんてんと転がっているのが見えた。

「キミ、すごいよね。誰も見てないのによくそんなに働けるね」
「そりゃ、マネージャーだもん」

そう言いつつも、私はわかっていた。私のようなマネージャーもいれば、イケたちのようなマネージャーもいることを。

「誰の評価もなしにここまでできるのって、スゴイ」
「あ、ありがとう…」

こんなに面と向かって褒められたのは初めてだ。これが私の仕事なんだから、これをこなすのは当たり前だと思っていたから。

「でもさ、辛いでしょ」
「へ?」

そう、彼が告げた瞬間、ふっと周りの音が消えてなくなった。さきほどまでうるさかった蝉の鳴き声も、私とは離れたところで練習している野球部員たちの掛け声も、すべてがなくなった。

「好きでやってるんだもん。辛くなんか、」

そうだ、私は誰かの役に立ちたいという一心でこの部活でマネージャーをやろうって、他でもない自分自身が決めたのだ。それなのに弱音を吐くなんて、責任感がなさすぎるにもほどがある。

「、」

芥川くんの瞳はまっすぐすぎた。ほぼ初対面に近いのに、なぜか彼を前にして虚勢をはることは無意味のように思えた。

「……、ほんとうは、皆にもっと見て欲しい。でも、こんなワガママ…」
「それでいいじゃん。俺たちまだ子どもだC〜。誰かに甘えていいんだよ〜」

芥川くんはそんな私に喝を入れるどころか、もっと肩の力を抜いていい、と言ってくれた。不思議な人だと思った。子どもみたいに何も考えてなさそうで、でも大人みたいな表情を見せることもある。

「…そうだ、俺が苗字さんのマネージャーになるC〜!」
「…………は?」
「ね、決まり!俺もう部活引退して暇だC〜!」

何を言っているのか、この子は。私が呆れて物も言えないなんて思ってもいないのか、彼はこう続けた。

「マネージャーのマネジメントだって必要だと思わない?」


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