NINETEEN SUMMER | ナノ
最高気温34℃。私は携帯の天気予報を見て思わずため息をついた。まだ学校に向かっている途中だというのに、すでに額に汗がにじんでいる。私はそれを手の甲で拭うと、もう一度ため息をついた。

「…いけない」

マネージャーがこんな態度では、選手たちのやる気を削いでしまうに違いない。幸いこの商店街のアーケード内は日差しは遮られ、外よりかはいくらかマシだ。私は気合を入れなおすつもりで立ち止まった。
期末試験も終了し、今日から夏の大会に向けて本格的な練習が始まる。三年生にとっては、最後のチャンスとなる。無論、私にとっても、だ。
参考書を片手にした氷帝の生徒が横を通り過ぎて行った。もうすでに三年生が引退した部活も少なくはない。彼らは受験モードだ。進路のことを考えるといささか不安になるが、今の私はそれよりも大事なものを抱えている。私の夏はまだ終わっていないのだ。

そのとき、ものすごいスピードで何かが横を通り過ぎて行った。風が気持ちいい。…いや、どうやら涼んでいる場合ではないようだ。私の横を通り過ぎたものは自転車だった。それも人が乗っている。それは目の前に積み上げられた段ボールが見えているにも関わらず減速することなくそれに突っ込んだ。
当たり前だが大きな音を立てて自転車と段ボールは倒れ、運転手がごろん、と商店街に投げ出された。朝からこんなスリリングな現場に出くわすなんて。一応、運転手の安否が気になり傍に駆け寄る。

「あの、大丈夫ですか」
「…いって〜。何が起きたんだ?」

恐ろしいことに、この人は自分の事故を把握していないようだった。…それもそのはず、私は高校生にしては目立つ金色の髪と、寝ぼけ眼を見て確信した。こいつがあの有名なテニス部レギュラーにして過剰睡眠男、芥川慈郎にちがいない。

「…寝てたの?」
「そうそう!センセーが朝から電話してきて補習出ろ出ろうるせーからチャリで急いできたんだC〜」

そしたらチャリ乗りながら寝ちゃったよー!あはは、なんて笑う彼にかける言葉が見つからない。もうなんか救いようがない。

「それより怪我してない?君、テニス部レギュラーでしょ?」

私は彼の返事を聞く前にはすでにその場にしゃがんで鞄をあさっていた。野球部マネージャーの鞄だ。応急処置ができる程度には救急セットは揃っている。

「うーん、肘擦りむいただけだしいいよ」
「だ、だめだよ!擦り傷だって選手生命に関わるんだから…」
「…それに俺もう引退したC」

その言葉に思わず動きが止まる。彼を見上げると表情こそやわらかかったが、感情はいっさい読めない。
そうだ、自分の部活のことばかりですっかり失念していたが、硬式テニス部は6月の大会で初戦負けしたんだった。クラスで試合を見に行った女の子たちがいたが、彼らの熱狂的なファンたちは泣き崩れてしまうほどあっけなかったらしい。…引退ってそんなものだ。

「ご、ごめん…」
「…あーあーもう遅刻だな。また怒られっかも」

芥川くんは腕時計を見て苛立たしげに髪の毛をぐしゃぐしゃにした。

「まあ助けてもらったC、君には感謝しなくちゃね〜」
「え?い、いいよ別に」

何だかそんな嫌そうにお礼を言われてもこちらとしても良い気はしない。それに、無神経なことを言って彼の機嫌を損ねてしまったのは私のせいだ。

引退、したくないなあ。彼を見て単純にそう思った。


0717