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「宍戸先輩」

部活終わりに帰り道で俺が宍戸さんに声をかけるのは、最早日課となっていた。宍戸さんは「おお」と片手を上げながらも複雑な笑みを浮かべているもんだから、いまだにこの取引に対して後ろめたさを感じているのかもしれない。…こんな非道徳的な取引でも、乗ってきたのは他でもない彼だ。もう後戻りはできませんね、宍戸さん。

「はいこれ、今日はちょっと頑張っちゃいました」

手帳に挟んだ一枚の写真を取り出して見せると、宍戸さんは顔を真っ赤にした。写真に写りこむ少女(ちなみに着替え中を激写してみました)が彼は好きでたまらないらしい。

「おっ前…よくこんなの撮れたな…」
「興奮するでしょう?」

頭を軽くたたかれた。素直じゃないですね、宍戸さんは。しかし、宍戸さんが何か言いにくそうにして視線を泳がせているのに気付く。

「長太郎、あのな」

しばらく口をもごもごとさせてから、「金、ねえんだ」とだけ呟いた。…なんだそんなことか。てっきりいつもより刺激的な今日の写真にびびって取引をやめたいとか言い出すんじゃないかと、少し身構えていたところだったのだ。「はは、俺激ダサだよな」と嘲笑う宍戸さんはまだ俺が金目当てにこんなことをしてると思ってる。

「でもよ、俺それすっげえ欲しいんだよ。だからさ、来週絶対払うからさ…」
「……駄目です」
「頼むよ長太郎…」

後輩の俺に必死に頼みこむ姿は非常に滑稽だ。そんなに好きならさっさと付き合えばいいのに。宍戸先輩、やっぱ馬鹿だ。俺は途端に吹き出して、そんな俺を宍戸さんは不審そうに見上げる。

「冗談ですよ。それタダであげます。先輩にはいつもお世話になってますからね」
「長太郎…!」

宍戸さんがばっと顔を上げる。「だからそれ大事にしてくださいね、今晩」と言うとまた顔を真っ赤にして、それでもすごい嬉しそうだった。宍戸さんと別れて、手帳からさっき宍戸さんにあげたものと全く同じものを取り出す。写真の中の彼女はこちらを見ることはない。



この取引が始まったきっかけは至ってささいなことだった気がする。宍戸さんの片想いに協力するという名目で宍戸さんを通して知り合った俺と彼女は、どうやら宍戸さんが想定していた以上に親しくなってしまったらしい。そのことに嫉妬した宍戸さんとの仲が険悪になることを恐れた俺が差し出したのが、いつだったかふざけて撮った彼女の写真だった。それを受け取ったときの宍戸さんの瞳が揺らいだのを俺は見逃さなかった。

そうだ、初めは先輩のご機嫌取りにと始めたことだったんだ。それがそのうち金銭というオプションがついて(言い出したのは先輩だ。恐らく金を払うことでしか彼女とその写真を撮る俺への罪悪感を誤魔化すことができなくなったんだろう。金はあっても困るものじゃないし、と躊躇なくぐしゃぐしゃに握りしめられた紙幣を受け取った俺も俺だ)、今は…何のために取引が行われているのかさっぱりわからない。最近は写真を撮るために背後からしか名前先輩を見る機会がなくなってしまった。最後に名前先輩の笑った顔を見たのはいつだったか。まあそんなことはどうでもいいけど。…どうでもいいんだ。

「鳳くん?鳳くんじゃない?久しぶり!」
「名前先輩…」
「最近会わないね、どした?」

後ろから急に声をかけられて、焦った俺は咄嗟に手にしていた写真をジャージのポケットにしまいこんだ。ぐしゃ、という音がする。その音は、他でもない「俺」が彼女を汚しているんだという事実をつきつけているようで、なんだか吐き気がした。

「どうもしないですよ?…ただ、」


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