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「…何スか」

膝に埋めていた顔を上げた赤也の目は赤く充血していた。それに加えこちらを威嚇するようにぎろりと睨みつけている。赤目状態の彼を知っている人間なら誰でもこの状況には震え上がることだろう。でも私には今の赤也がテニスのときに見せるような好戦的な意味でこの目をしているとはとても思えなかった。

「…泣いてたの?」

私がそう尋ねると、より一層不機嫌そうな顔をした。眉間にしわが寄る。

「ハッ、何で泣くの?先輩たちが卒業っつっても一年後にはまた同じメンバーになるわけだし、しかも俺はその一年間は立海大付属中テニス部の部長だ。こんなんで泣くヤツがいると思います?」

「ねえ、名前センパイ?」そう言い切った赤也の目は充血しつつもわずかに潤んでいた、気がした。

もともとマネージャーの私と赤也の仲はお世辞にも良いとは言えなかった。きっと赤也にとって私は小うるさい姑のような存在だったのではないか。朝練に遅刻しては厳重注意、赤点をとっては個人指導、相手を傷付けるようなテニスを必要以上にしようとしたときは、黙ってじっと見つめた。思い返せば真田と同じようなことをしてきたわけだが、マネージャーと選手というカベは思いの外厚かったようで、真田に対するときのようには私に心を開いてくれなかった。レギュラーの中で彼だけが、いつまでも私に反抗的な態度をとった。

「そうだよね、たった一年待つだけだもんね」

一年経てばすぐに元通りの立海テニス部だ。何も嘆くことなんかない。…でも、

「………あんた、高等部でマネージャーやらないんでしょう」
「え、知ってたの?」
「ジャッカル先輩に口割らせました」
「(ジャッカル…)」

そう、そんな私が彼らと共に歩むのも今日で最後だ。高等部では部活に入らず塾に通い、勉強に集中する。全部自分で決めたことだ。…なんとなく赤也にだけは直接言うことができなかった。みんなは私がマネージャーを続けないと言った時に大層悲しんでくれたが、この赤也に至ってはガッツポーズでもしそうなものだから、そんな反応を見るのが正直少し怖かったのだ。

「…ワガママだなあ」
「あ?」
「いや…」

自分から辞めると決めたくせに、残るメンバーに別れを惜しんでくれることを期待するなんて。図々しいにもほどがある。三年間みんなと過ごしてきたというのに、私は何も成長していないではないか。

「…何で相談もなしにぜんぶ決めちゃってんスか」
「…赤也?」
「せんぱいは、ずるいッス」

そう言うと、再びゆっくりとその顔を両膝に埋めてしまった。…もしかして、さっき泣いてたのも私がマネージャー辞めるって聞いたから…?確認の意図もこめて赤也そのもじゃもじゃ頭を撫でてやるとびっくりしたようで(もちろん今までこんな風に甘やかしたことはない)、その肩をびくりと震わせた。

「ああもう、なんなんスか何でいつも口煩い癖に、こんな日だけ優しいんだよ。何で今日は甘やかしてくるんだよ」

誤魔化しようもないくらい、その声はたしかに涙声だった。何だ、私と赤也の間にも、きちんと絆がうまれていたじゃないか。事実、今赤也と別れることを嫌がっている自分がいることに気付いた。

「な、なにあんたまで泣いてんスか!」

いつの間にか顔を上げていた赤也が私の顔を見て驚く。自分ではどうしようもないくらい涙が溢れるのだ。ほんと、どうしたらいいの。赤也は焦って、わたわたしていた。それにしても…

「……あんた“も”ってことは、やっぱり赤也も泣いてたんだね」
「…はっ、ちっげーし」

どこまで強がるんだ、この子は。

「俺が自分のプレイスタイルで悩んでたときとか、正直センパイの言葉が一番効きました」
「…だから俺センパイがいなくなるのなんて、反対っす」

…反対って、多数決じゃないんだから…。しかし赤也にそう言われてしまうと、ついつい私の決意がぐらぐら揺れて、崩れそうになる。そこをぐっとこらえて、でも涙はこらえきれずぼろぼろとこぼれた。

「あかや…?」

きっと顔はぐちゃぐちゃで、不細工になっているだろうが、わたしはしっかりと赤也に向き合った。

「つよく…なってね、」

自慢の後輩の成長を思い描きながら、苗字名前は今日立海大附属中学校を卒業します。

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