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好きな人が、できました。そのことを自覚した瞬間から、大袈裟かもしれないが私の世界は輝き始めた。明確に恋をするのはこれが初めてだった。好きな人のためにおしゃれをするのが楽しくて仕方ない。今はまだ私のことなんて眼中にないかもしれないが、いつか絶対綺麗になって彼を振り向かせてみせる。
…と柳くんに宣言した次の日から、幸村部長の態度がどうにもおかしい。

「柳くんって実は口軽いよね」
「…すまない」

そう言って眉を下げた柳くんの顔は本当に申し訳なさそうで、とても怒る気にはなれない。それに、別に隠すつもりもなかったし。私が彼のことを好いていることを知る人が増えれば、誰かが協力してくれる確率もぐんと上がる。

「…わかった。そいつの情報収集に協力してやろう。それで許してくれ」
「ホ、ホント!?」
「ああ、いかにも協力しろという顔をしていたからな」

なぜわかったのか。柳くんは頼りになるんだけど、隠し事ができないから困る。だから今回のことも一番に柳くんに打ち明けたのだ。ばれる前にばらしてやろうってね。
しかしどうやらその選択は誤っていたようだった。よりによって幸村くんに伝わっているとは。彼は部長だから、私が恋なんかにうつつを抜かして仕事が手につかないことを懸念するだろう。

「ねえ」

…ほら言わんこっちゃない。噂をすればとばかりのタイミングで私の後ろに立ったのは幸村くんだ。振り返らずともわかる。…否、どちらかと言えば振り返りたくないだけだ。幸村くんの声色は多少なりとも苛立ちを含んだものだったからだ。それでも勇気を振り絞って振り向けば、そこには予想通り重々しいオーラを纏った部長が仁王立ちしていた。

「…苗字」
「は、はい」

それでも優しい(気がした)声で呼ばれてしまえば私は返事をせざるを得ない。三強を含むレギュラー全員にタオルを用意するよう指示されて、私はすぐに準備を始めた。



「は?今休憩中だからタオルいらねえよ?」
「おいおいマネージャーしっかりしろよ〜」

ケラケラと笑うレギュラーたちを前に、私は唖然とした。幸村くん、急いで全員に用意しろって言ったくせに。
仕方なく突っ返された大量のタオルを持って、幸村くんの元に走った。幸村くんはそんな私の様子を見るとどういう意図でかは知らないが、にっこりと笑った。

「お疲れ様、苗字」
「…あの、今休憩中だって…」
「うん、ありがとう」
「?」

何に対してかはわからないけれど、お礼を言われてしまった。私もマネージャーだ。自分のした労働にお礼を言ってもらえるのは、疲れた身体に至高の薬だ。



ふとフェンスの外に視線を送ると、偶然にも彼の姿を見つけた。部活着で友達と二人で笑いながら校舎に向かって行く。いつかあの笑顔が私だけに向けられるものになったら、なんて恥ずかしい妄想をしてしまい、自分でも顔がほてるのを感じた。

「おい苗字」
「…何ですか幸村くん」

そんな至福のひと時を邪魔してくるのがこの男だ。今度は何の用だろうか。大した用でないのなら、できれば早急に立ち去っていただきたいのだがそんなこと直接言えるわけもなく。眉を潜めた私の横で、幸村くんは何故かふーんとかほーとか言っている。

「苗字は佐藤が好きなのか」
「ちょ、し、静かにして!!」
「…何だよ、別にばらしたって困らないだろ」

確かに協力してくれる人が増えれば嬉しいとは言ったものの、それにしても男には忍ぶ恋の楽しさがわからないものなのか。とはいえ既に柳くんと幸村くんという重要人物に知られてしまってはいるが。

「どうでもいいけどさ、やめろよ」
「え?な、何を」

急に厳しい顔をした幸村くんに構える。綺麗な顔をしているだけに、凄むと迫力がある。

「休憩終わったらドリンク作るのが仕事だろ?」
「…あ」
「部活に私情を持ち込むな。…それともマネージャー辞めるほうがいいの?」
「…ごめんなさい」

幸村くんの言うことはもっともである。仕事を疎かにした私が悪かった。
ドリンクを作りに行こうととぼとぼと歩いていると、すれ違った柳くんにぽんぽんと頭を叩かれた。察したのか、それとも一部始終を見られていたのかはわからないけれど、慰めてくれているようだ。

「気にするな。あれは精市なりの愛情表現だからな」
「…どういうこと?」

柳くんはふ、と微笑むと「さあな」と言ってどこかへ行ってしまった。

「…三強ってアメとムチだな」

ぽろりと出た独り言は、誰にも聞かれることなくテニスコートの向こうに消えていった。


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