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「どんなに離れてもジローのこと大好きだからね」

この言葉がある限り、俺は何だってできる気がした。テニスだって勉強だって誰にも負ける気がしない。あの子のいるところまで険しい山がいくつあろうが流れの早い川がいくつあろうが、簡単に乗り越えてやるんだ。でもそれは、俺がもうちょっと大人になってからの話。今はあの子に送るメールの返事を考えるだけで精いっぱいだった。
いくつもの文字を打っては消し、打っては消し、知らない間に夜がとっぷりと更けていく。少しでもかっこいいところを見せたいから、試合で勝ったこととか体育の成績が5だったこととか、俺の自慢できるところを必死に抜き出そうと思考を巡らす。
気付くと携帯電話を握りしめて眠ってしまっていたようで、不自然に途切れた文章と点滅するカーソルを見て今が朝だってことをぼーっとした頭で理解しはじめる。

あくびをかみ殺しながらゆっくりとアーケードを通って学校までの道を歩く。朝練なんて疾うに始まっている時間だけど、気にしない。今日は一限目には間に合いそうだから跡部にも小言を言われることもないだろう。

「あ、メール結局送ってなかった」

まあいっか。彼女に送るメールの内容は学校でじっくり推敲するとしよう。



「…俺は元気です。寝ません。ごはんもちゃんと食べてます。朝練にも行ってます。今度東京来るとき絶対会いにきてね」
「……よくもそんな白々しい嘘を…」
「えへ」

俺の携帯を覗きこんできた宍戸が一言。人のケータイ勝手に覗くとかプライバシーの侵害だCー。確かにちょっと事実と異なる部分もあるかもしれないけど、心配性の彼女の胃をこれ以上悪くするわけにはいかない。今はまだどこでも眠くなっちゃうし、朝練にもほとんど顔出せてないけれど、次会うときは絶対に成長した俺を見せてやるんだ。だからちょびっとだけ、ありのままの俺よりかっこいい俺を夢見ててほしい。



「おいジロー起きろ」
「駄目だなこりゃ。ったく遠距離恋愛中の彼女がせっかく会いにきてくれたっていうのに…」
「いいのいいの。…ジローったらすぐメールで見栄張るんだから」
「ジローのやつ絶対びっくりするぜ!」
「びっくりさせにきたんだもん」

いつもみたいに部活中だけど眠くなってきたからその辺のベンチで寝ていたら、あの子の声が聞こえてきた。ふわふわした感覚に、ああこれは夢なのかと悟る。たとえ夢でも会えればうれC。ああでもひとつだけわがままを言ってもいいんなら声だけじゃなくて顔も見たいし思いっきりぎゅううってしたい。ねえ、俺もっと大きくなるからね。だから今はもうちょっとだけ眠らせてほしい。ほら、寝る子は育つって言うでしょ?

目が覚めたとき、夢なんかじゃなくてもっともっと幸せな現実が待っていることを俺はまだ知らない。


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企画に提出させていただきました