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昼食後の5時間目の授業はいわゆる眠気との戦いである。4時間目空腹と戦うのと同様に、私たちはだれもがこのサバイバルゲームに参加している。
しかしこのクラスには絶対的な王者が君臨している。そう、暖かい日差しを浴びながら健やかに眠りについていらっしゃるのが王者・芥川慈郎だ。彼はいつもこの調子で、ときどき「あれ、起きてる」と思っても意識の八割はあっちの世界に行っており、夢と現実が混濁する彼と会話を成立させるのは困難を極めるらしい。
でもこれがテニスになると違うというんだから驚きだ。「芥川がテニス」と聞き私は思わずラケットを枕にし、ネットを掛け布団にしてコートの真ん中でお昼寝を満喫する芥川の姿をイメージしてしまったものだ。

そんな芥川が、何故だか、ばっちり目を開けて起きている。この不可解な現象にクラスに衝撃が走ったのが三日ほど前のこと。
クラスメイトのみならず授業にきた先生たちも驚いていたが、休み時間なんかはこれまで通り中庭で寝ていたりする姿が目撃されていたため、皆も芥川を追求することにすぐに飽きてしまったようだ。ただえさえ彼には謎がいっぱいなのだ。
しかしほとぼりが冷めた今なお、私は気になっていた。彼を変えたものは一体何なのだろうか。何よりも寝ることが好き(だと思われる)彼を引き付けたものとは…?!

「苗字だよ」
「…は?」

そんな感じでクエスチョンを思いきってぶつけてみたものの、予想外の答えが返ってきた。なんだ「私だよ」ってどういうことだ?いやお前は芥川だろうっていうツッコミは場違いなんだろうけどさ。

「だーかーらー」

痺れを切らしたような様子で芥川が椅子を離れて私のすぐそばまできて、耳元で囁いた。

「ひっ、…ひゃ、は!ご、ごめん私耳弱いから何言ってたのかさっぱり…」

耳元でこしょこしょ言われると、脇腹がぞぞぞーっとしておまけに意味不明な笑いが漏れてしまう。ちくしょう恥ずかしいなもう。

「……」

何とか込み上げる笑いを抑えて芥川を見ると、何故だか呆けていた。

「な、なに?」
「苗字かーわE」
「……どうも」

モテる男っていうのは皆こうなんだろうか。誰にでもすぐにかわいいだとか好きだとか言っちゃって。そういうのは、ちょっと、好きくない。

「授業真面目に聞いてる顔も笑った顔も皆かわEから、寝てちゃもったいないよ〜」
「は、」

にこにこと笑う芥川の真意ははかりしれない。神様どうか私から自惚れという感情を引っこ抜いていって下さいな。


ーーー
寝ろ!!