ブレザーにりんごジュースを倒してしまった。じわじわと染みは広がっていって、タオルでぽんぽんぽんぽん叩いても落ちなかった。 「あーあーどうするのよ…」 「ギャハハ、制服届いて浮かれてるからだよ」 「…お母さんクリーニング出してきて」 「あほ、自分で汚したんだから自分で出してきなさい」 「お姉ちゃんいってらっしゃ〜い」とわざとらしく間延びした声で私を見送った妹に腹立ちながらも、お母さんからお金をもらい、若干りんごジュース臭のする真新しいブレザーをカゴに乗っけて自転車に跨がった。クリーニング屋の場所はうろ覚えだったが、アーケード内をさ迷っているうちに見つけることができた。 ここのクリーニング屋にきたのは4、5年ぶりだ。小学校低学年の頃は母親といっしょによく通っていたが、近頃はさっぱりだった。一人でくるのは今日が初めてだ。 あれ、どういう流れで話進むんだっけ?先にお金渡すの?…お母さんに聞いておけばよかった。でもここまできたんだからもう行くしかない。 ◆ 「………」 勇気を出して足を踏み入れた店内。まず目に入ったのは受付でいびきをかいて気持ち良さそうに眠る金髪の男の子だった。 話しかけてみてもぴくりとも動かない。クリーニング屋ってこういうシステムだったっけ。セルフサービス?…いやいやそれはない。 「はあ…」 ダメだダメ。やっぱり出直そう。最後にカウンターのそばまで寄っていって、これで起きなかったら帰ろうと大きな声を出すために思いっきり息を吸い込んだ瞬間、 「…んぅ」 「!」 お、起きた。まだ声出してないのに何でだ?目覚めた金髪の男の子は目をしばしばさせて、大きく伸びをした。そして目の前にいる私にしっかりと目を合わせた。 「…なんか甘いニオイした」 「へっ?あ、これじゃないかと」 恐らく漂う甘ったるい香りはブレザーに染み付いたりんごジュースが原因だろう。カウンターにブレザーをドサリと置くと、男の子は目を真ん丸にした。 「……うわ!?お客さん!!?」 「は、はい」 「ヤッベー俺また店番に寝てた…」 “また”という言葉を私は聞き逃さなかった。どうやら常習犯らしい。 バタバタと慌ただしく受付を進める彼を見ていたらあくびが漏れ出た。やばいうつったかも。帰ったらお昼寝しようか、いや入学式までに課された課題を進めた方が賢いかもしれない。 「あれ、これ氷帝のブレザーじゃん。キミ氷帝なの〜?」 「えっと、今度一年生になります」 「マジマジ?俺今度三年だから会うかもね〜…あ、名前ここに書いといて」 ペン立てからボールペンを一本拝借して差し出された伝票に目を通す。…これって私の名前でいいのかな。しばらく考えた後、結局母の名前を書いた。苗字は同じだしね。 「ふーん、静江ちゃんかあ。かわE名前だね〜」 「…あの、静江はお母さんデス」 「……先に言ってよ〜。俺恥ずかCじゃん」 すみませんと小さく謝りながら、彼が裂いた伝票の片方を受け取る。受け取った方の手に彼の手が重なって、ふと顔を上げる。 「ねえ、名前教えてよ」 「…名前」 私の名前を聞いて満足したのか、にんまり笑って「名前ちゃん、引き取りは一週間後だから忘れないでよ?」と言った。彼の手が私の手から離れていって、そこで私ははじめて伝票以外の紙を握らされていたことに気付いた。その紙には恐らく彼の名前とメールアドレスらしきものが殴り書きされていた。 「またきてね」 携帯を持っていないんだということは伝えられなかったけど、もう一度、ブレザーを引き取りに来るくらいならお遣いを頼まれてもいいかなあなんて思った。お店を振り返ると「あくたがわクリーニング」と看板が出ていて、メモに書いてある「芥川」という漢字は恐らく「あくたがわ」って読むんだろうなと思った。また一つ大人になった私の入学式はすぐそこだ。 ーーー 続き書きたいけど最近このサイトジロ充すぎますよね??自粛すべき?? |