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ジローちゃんが猫を抱えてきたのはその日の昼下がりの頃だった。茶色くてふわふわしたその生き物を大事そうに抱きしめて、ジローちゃんは当たり前のように家に連れて帰ろうとしたらしい。しかし何を隠そう彼の家はクリーニング屋なのだ。母親にこっぴどく叱られてトボトボと私の元にやってきたジローちゃんは、午後五時過ぎになった今でもなお件の猫の喉をぐりぐり撫でまわしている。

「あーあ、なんで俺んちクリーニング屋なんだろ…」
「このあいだ自慢してたじゃないの」
「でもこの猫またひとりぼっちになっちゃうC−」

捨て猫拾っていってママに「ウチじゃあ飼えません!」なんて言われるなんて、どこの小学生だよ。でも悲しそうにするジローちゃんを見てると私まで悲しくなってくる。ちなみにうちもマンションだからこの猫を引き取ることはできない。たぶん、残念だけど元の場所に返すしかないと思った。

「きっと誰か優しい人が拾ってくれるよ」

これもしゅんとする子供にママが用意するお決まりの台詞だ。それでもジローちゃんはくしゃりと笑って「へへ、そうだね」と言ってみせた。



それから別れを惜しむようにジローちゃんと猫はたわむれはじめた。猫の方もジローちゃんと一日を共に過ごしたからか、かなり懐いているように見えた。

「いいなあ」

自分でも気が付かないうちに言葉が漏れていて、ジローちゃんも私に不思議そうに視線を投げかけていた。

「名前ちゃん、どうしたの?」
「猫になったら、ジローちゃんとずーっと一緒にいられるのになあなんて思っただけ」

朝はねぼすけのジローちゃんとゆっくり起きて、お日さまが沈むまでたっぷり遊んで、夜はちょっと早めにジローちゃんと同じ布団の中で眠る。猫とじゃれあうジローちゃんを見てほんのちょっぴりそんな生活を羨ましく思ってしまっただけだった。
ジローちゃんはというと、ほんの二、三秒きょとんとした顔を見せてそれから腕の中の猫を緩慢な動作で地面に降ろした。

「…ジローちゃん」
「ほんとの猫にはなれないけどさ」

猫は名残惜しそうににゃあと鳴いて、茂みの向こうへと去って行ってしまった。

「俺のになってよ。そしたら猫みたいにかわいがってあげるC」

私の髪をなでながら微笑んだジローちゃんを拒む理由なんてなくて、夕日の沈んだ公園を二人で手を繋いで後にし、ジローちゃんの家に向かった。
願わくば、ジローちゃんのママが「ウチじゃあ飼えません!」なんて言って私を追い出したりしませんように。


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猫とか気付いたらまた日吉に嫌われるフラグ