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両肩は無骨な手にギリギリと掴まれた。痛い痛い痛い痛い痛い痛い。スカッドサーブとかいう高速サーブが専売特許の彼にしてみれば、私の骨を砕くなんてこと案外容易いのかもしれない。骨を砕かれたりしたらたまったもんじゃない。
じわりと涙の滲んだ目で大きな彼を睨んでみるけれど、長太郎は表情ひとつ変えようとしなかった。如何にしてこの状況を脱しようか。そう頭を捻っているときだった。
物音ひとつしないがらんどうの倉庫の中で、携帯電話が震える音が響いた。同時に長太郎の視線が私のブレザーの右ポケットに向かい、私が手を伸ばすよりも早く震える携帯電話を取り出した。
電話だかメールだかは知らないが、受信した相手の名前が表示されているであろうサブウィンドウを長太郎は冷めた目で見つめていた。

「……お、お母さんからかな?」
「ハズレ」
「…えっと、由利ちゃんかも」
「……宍戸さんからですよ」

私は内心頭を抱えた。まずい。非常にまずいことになった。宍戸とはただのクラスメイトであって、さっきまでメールのやり取りこそしていたが、その内容も好きな音楽やアーティストの話でありやましいことはなにもないのだが、長太郎にはそんなこと関係ない。
…といいつつも携帯を開いて内容を確認する長太郎をよそに、私は心の中で祈っていた。どうか、宍戸のメールがたわいもないことであって、それから長太郎が見逃してくれますように。

しばらくして長太郎が安心したように息を吐いたのを見て、私も同じように息を吐く。座り込みそうになるのを何とか堪えて、長太郎の言葉を待った。
しかし次の瞬間、穏やかだった彼の表情が一変した。何か嫌な予感がする。心臓が早鐘を打ちはじめたときだった。

目の前で彼の手によって私の携帯電話がありえない角度に無理矢理捩曲げられて、挙げ句の果てに情けない音を立てて二つに分かれた。地面に落ちた二つのそれを邪魔だとでも言うように蹴っ飛ばすと長太郎は私に影を作り、

「次はないですよ」

そう言い放ち倉庫から去っていった。身体から力が抜けた私は今度こそ地面に座り込んでしまった。一連の出来事があまりにも円滑で私の介入を許さなかったので、未だに何が起きたのか理解しがたい。
…なぜだ?なぜ私の携帯は折られなくてはならなかったのか?震える手で今や携帯とは呼べなくなってしまった機械をかき集めた。スクリーンの方は、長太郎が最後に操作したであろう受信メールのままであった。そして表示された文面に目を見開く。

『俺も好きだ』

確か、私の好きなバンドを宍戸に教えていたところだっただろうか。しかし今となってはそんな御託は全くもって意味を成さない。
もういくら弁解したって長太郎がわかってくれないことは承知している。それでも、いつの間にか狂ってしまった歯車をどうにかして戻そうとする私の額にはにわかに汗が滲んでいた。


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